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2018年1月8日月曜日

米国がイスラエルの富豪ダン・ガートラーをコンゴでの取引の件で制裁

以下は2017年12月22日にフレンズ・オブ・コンゴのブログに掲載された、

US Sanctions Israeli Billionaire Dan Gertler Over Dealings In Congo


 
を訳したものです。(アクセス:2018年1月8日)
 
投稿題はタイトル訳
 
米財務省はイスラエルのビジネスマン、ダン・ガートラーをコンゴ民主共和国での不正な商取引により制裁を科した。彼自身と関係のある20の会社、組織、人物が、その制裁リストに挙げられた。
 
ダン・ガートラーはコンゴで商取引について、「自分はノーベル賞に値する。」「コンゴ人は我々のように数十億をこの地にもってくる人間が必要なのだ。そうでなければ資源など何の価値もない。」 などと述べて顰蹙を買った。米財務省はその逆に値すると判断したようだ。財務省はダン・ガートラーが、「数百万ドルにのぼる不透明で不正な採鉱と石油取引によって財産を築いた。」と述べた。

「2010年から2012年の間だけでもコンゴ民主共和国は、ガートラーと関係のあるオフショアの会社数社に鉱山資産を実際の価値よりも安く売却したことにより、13億6千万ドルの歳入を失ったと報告されている。」と財務省は記している。そして2013年に「ガートラーはコンゴ民主共和国に、もともと政府から50万ドルで買った石油ブロックの権利を1億5千万ドルで政府に売り、政府は1億4千9百50万ドルの歳入を潜在的に失った。」
この制裁は米国市民がガートラー氏と彼の会社とビジネスをすることを禁止し、彼が米国に持つ資産はすべて凍結される。彼のコンゴでの主要な企業パートナーであるグレンコーは、彼に対する鉱山使用権の支払いをすでに停止した。
 
「ガートラーがカビラに代わって彼がオフショアのリース会社を設置することを助けた。」という事実を財務省は強調した。 この制裁は、ジョセフ・カビラが彼の後援ネットワークを保つために必要な財源にアクセスする能力に影響する可能性がある。

情報源  United States Sanctions Human Rights Abusers and Corrupt Actors Across the Globe, United States Department of The Treasury, December 21, 2017.

コンゴでのガートラーの活動に関する記事

Room Of Secrets Reveals Glencore’s Mysteries
https://www.icij.org/investigations/paradise-papers/room-of-secrets-reveals-mysteries-of-glencore/

Meet Dan Gertler, The Israeli Billionaire Diamond Dealer In The Paradise Papers
https://forward.com/news/national/387134/dan-gertler-orthodox-israeli-diamond-mine-billionaire-paradise-papers-congo/

Och-Ziff Capital Management Admits to Role in Africa Bribery Conspiracies and Agrees to Pay $213 Million Criminal Fine
https://www.justice.gov/opa/pr/och-ziff-capital-management-admits-role-africa-bribery-conspiracies-and-agrees-pay-213

Gertler Earns Billions as Mine Deals Leave Congo Poorest
https://www.bloomberg.com/news/articles/2012-12-05/gertler-earns-billions-as-mine-deals-leave-congo-poorest

Glencore and the Gatekeeper
https://www.globalwitness.org/en-gb/archive/glencore-and-gatekeeper/

2016年9月4日日曜日

ハマーショルド国連事務総長は暗殺された

以下は2016年8月23日パトリック・ヘンセルディーンのフェイスブックに掲載されたUN SECRETARY-GENERAL WAS ASSASSINATED(国連事務総長は暗殺された)を訳したものです。

(サイトアクセス:2016年8月18日)


2016年8月1日、国連事務総長、潘基文(バン・キムン)は、前任者のダグ・ハマーショルドが南アフリカ海上研究所(The South African Institute for Maritime Research) によって暗殺されたという疑惑について調査再開を提案した、と「フォーリン・ポリシー」誌が報じた。 この研究所はアパルトヘイト時代にCIA,英国諜報機関、そしてコンゴのベルギー鉱業会社によって支援されていた準軍事組織である。

南アフリカ政府が最近、ハマーショルドを殺害するための「セレステ作戦」という策略が詳細に記述されている原文を発見したことによって調査再開の声が高まった。これらの書類のコピーが最初に公になったのは、1998年に南アフリカ国諜報局がデズモンド・ツツの真実和解委員会に、1993年の南アフリカ共産党指導者クリス・ハニ暗殺に関するファイルを提出した時である。

「極秘」マークの付いたひとつの文書には、南アフリカ海上研究所(SAIMR)と英諜報機関の代表らによる会合について記述があり、CIA局長のアレン・ダレスが、「ダグが厄介になってきた...取り除かれるべきだ。」と言ったと報告している。

英国局員らは、その文書(コピー)はソ連が偽造した可能性が高いとして直ちに否定した。スエーデン元外交官のベント・ロシオ(Bengt Rosio)、そしてMI5(英国保安局)とCIA(米中央情報局)もまた、この文書が偽装物であるとして、ハマーショルドの死に関与したことを完全に否定した。

しかし、これらの文書は, キース・マクスウェル=アナンデール、自称提督がSAIMRの局長であり、南アフリカ軍事諜報局と国家情報局の両方と関係を築いていた時期に発せられた他の文書と酷似している。

これらの文書はSAIMRが1981年にセイシェルで起こった、大統領アルベール・ルネを失脚させるための失敗に終わったクーデターを画策し、そして、1990年の成功裏に終わったソマリアでのクーデターの背後にもいたことを示している。

https://wikispooks.com/wiki/Dag_Hammarskj%C3%B6ld/Death


2016年4月17日日曜日

米国、サウジ、トルコが「反乱軍」に、アサドとロシアと戦うための対空ミサイル配布を検討

以下は2016年4月15日にグローバル・リサーチに掲載された、ブランドン・ターべヴィル(アクティヴィスト・ポスト)による、

US, Saudi, Turkey, Discuss Delivering Anti-aircraft Weapons To “Rebels” for Use against Assad, Russia


を訳したもの。(アクセス:2016年4月16日)

(投稿題はタイトル訳)

伝えられるところによれば、CIAは、現在ジュネーブで行われている「停戦合意」が崩壊した場合には、彼らがシリアで2011年に危機が勃発した当初から支援してきたテロリスト軍の戦闘能力を増大するという計画を検討している。議論の中心は、聖戦主義者がシリアとロシアの空軍によりよく対処できるように武器を供給することだ。その中心は、携帯式防空ミサイルシステムから、ソ連時代のBM-21グラッド・ミサイルなどの携帯式ではないものを含む各種の対空砲を送る可能性についてである。

ウォールストリートジャーナルの報告によれば、CIAは「連合メンバー」に、もし停戦が崩壊して「全面的な戦闘」が再度始まった場合には、シリアの大統領バシャール・アル=アサドと戦う勢力への支援を増大することを「暫定的に保障した」。ただし、米国はシリア政府と戦うテロリストに武器を与える新たな試みにおいて、戦場でどの武器が導入されるべきかを決める権利があると宣言した。

この、米国と「有志連合国メンバー」との話し合いは、ワシントンポスト「Bプラン」と呼ぶものの一部で、シリアの停戦協議が崩壊し、戦闘が再開されたときのものだ。

 「シリアで2月27日の深夜から効力を持つ停戦合意の前夜に、中東の諜報機関長らが会合し、停戦後に戦いを追行する計画を立てた。この件に関する協議はそれ以来ずっと続けられている。」

2016年2月17日水曜日

シリアで穏健派が見つからないなら、過激派を扮装させればいい

以下は2016年2月11日にランドデストロイヤーレポートに掲載された、トニー・カルタルッチの、

In Syria, If You Can't Find Moderates, Dress Up Some Extremists

を訳したものです。(アクセス:2016年2月11日)

(投稿題はタイトル訳)


英国放送協会(BBC)の最新の製作物は、見え透いていて、胸が悪くなると同時に、滑稽でもある。


シリアとロシアによる、国を奪回するための効果的な攻撃にさらされ、欧米に支援されたテロリスト軍が崩壊し始めるに伴って、欧米のメディアが放出している、必死の形相を増したニュースの見出しを読むとき、「穏健派反乱軍」とか、「穏健派反政府勢力」などの用語がよく使われるが、欧米のメディアが実際、それらに相当する具体的な派閥の名前や、その指導者の名前をひとつも挙げることができないことに、読者は気づくであろう。

その理由は、穏健派が存在しないし、したこともないからだ。2007年以来米国は、シリア政府を崩壊させ、中東全域におけるイランの影響を不安定化するために、アル・カイダ系の過激派を武装させ、資金を与える企てを行ってきた。

シーモア・ハーシュの2007年の記事、「方向転換:政府の新しい政策は、対テロリズム戦で敵を利しているのか?」で暴露され、はっきりと以下のように記されている。
米国もまた、イランとその同盟国であるシリアを狙った極秘作戦に参加していた。これらの活動の副作用は、アル・カイダに同調し、米国に敵対的なスンニ派の過激派グループを後援してきたことだ。
欧米のメディアが、そのますます扇情的になるニュースの見出しで言い続ける「破局状態」は、シリアで今日行われている、シリアとロシアの防衛作戦の予測できる結果、ではなく、ハーシュが2007年に記述し、議論の余地なく実行されてきた、2011年に始まった、「アラブの春」に名を借りた策謀の結果だ。
欧米が実際、いわゆる「穏健派」の名前や人物を挙げるときには、彼らが直接アル・カイダに繋がっていたことが簡単にわかる。

BBCの「反乱軍司令官」は扮装している

最近掲載された、「シリア紛争:反乱軍は英国と米国から’見捨てられたと感じている’」、と題するBBCのビデオレポートで、BBCのクエンティン・ソマーヴィルは、トルコから「極秘で」米国に支援された反乱軍と連絡を取ったと述べた。「遠隔」インタビューとされたものは、ソマーヴィルが、状況があまりにひどくて反乱軍と接触できなかった、と言っていたにもかかわらず、両側のロケーションともプロの撮影班によって行われていた。そのBBCのインタビューを受けた「アレッポに居る反乱軍上級司令官」は、他でもない、ヤセル・アブドゥルラヒムその人であった。

一度も戦場で着られたことのない真新しいパリッとした「自由シリア軍」の制服で現れ、同じように新ピカの「自由シリア軍」の仏植民地旗の横に座っていたにもかかわらず、ヤセル・アブドゥルラヒムは存在しない「自由シリア軍」に所属も提携も全くしていなかった。

実際彼は、アルカーイダのテロリストとムスリム同胞団の過激派からなるファイラク・アッシャム(Faylaq Al-Sham) の司令官であった。ソマーヴィル自身によれば、ファイラク・アッシャムと、その司令官ヤセル・アブドゥルラヒムは、アルカーイダ系のアハラール・アッシャムとジャイシュ・アル・イスラムを含むファタハ・ハラブという大きな上部組織の一部である。後者のジャイシュ・アル・イスラムは、シリアとロシアの空爆に対して、屋根の上の金属の檻に一般市民を入れて、文字通り人の盾として使った。

人権ウオッチは、「シリア:武装集団が攻撃を抑止するため檻に入れた人質を使う」と題するレポートで、以下を明らかにした。

2013年の12月に、アドラ・アル・オマリアの近辺で武装集団と政府軍が戦っていたときに、ジャブハット・アル・ヌスラ(ヌスラ戦線)とジャイシュ・アル・イスラムは、数百人もの民間人を誘拐し、国連シリア諮問委員会によれば、その殆どがアラウィー派であった。これらの人質の多くは女性と子供たちで、東グータのどこかに監禁されている。彼らが、これらの(写真)檻の中のひとびとではないかと懸念される。
人権ウオッチのレポートは、それがヤセル・アブドゥルラヒムのファタハ・ハラブのメンバー、ジャイシュ・アル・イスラムが関わっているという点で警戒を促させるものだ。ジャイシュ・アル・イスラムは、米国務省のテロリストグループ・リストに載っているジャブハット・アル・ヌスラと協力し、共に戦っているからだ。

米国国務省の「イラクのアルカーイダの別名、アル・ヌスラ戦線のテロリスト指定」と題する、アル・ヌスラを外国テロリスト団体リストに載せた公式な声明書では、
2011年の11月から、アル・ヌスラ戦線は、600以上の攻撃を行ったと主張し、それらにはダマスカス、アレッポ、ハマー、ダラー、ホムス、イドリブ、ダイル・アル・ザワルなどの主要都市中心部での、40以上の自爆攻撃から、小火器と簡易爆発物作戦などが含まれる。これらの攻撃中、数多くの罪のないシリア人が殺された。これらの攻撃を通してアル・ヌスラは自分らをシリアの正当な反政府勢力の一部であるように見せようとしてきたが、実際はイラクのアルカーイダ(AQD)が自分たちの邪悪な目的のために、シリアの人々の闘争を乗っ取ろうとしたものだ。

皮肉なことに、欧米のメディアの偽りを通して、アル・ヌスラは、「シリアの人々の闘争を自分たちの邪悪な目的のために」、完全に乗っ取ることをずっと支援されてきたようだ。


この、BBCの最近のインタビューで、アルカーイダのメンバーそのものと、その系列団体を扮装させた嫌悪すべき行為は、2007年にハーシュが記述した策謀を救済することを目的とした、より大きな偽装パターンに合致する。しかし、昨年の終わりにロシア連邦がシリア政府の招聘により、この紛争に介入することによって、このパターンは打撃を受けた。
アレッポが、明らかにテロリストである勢力から、まさに開放されようと揺れているときに、BBCのプロパガンダは、シリアの人々の苦しみを終わらせるのではなく、恒久化させる否定的な試みを代弁する宣伝を進めてきた。

最悪なのは、BBCが、彼らのファタハ・ハラブ - アルカーイダ傘グループ司令官を「自由シリア軍」のメンバーに扮装させ、「アメリカ後援の」と公言していることだ。

これはBBCが、彼らがインタビューした人物が本当は誰なのかを、聴衆者から、さらに偽ろうとしているか、それとも、米国が、実際テロリストグループと、その連合に資金を与え、米国務省自らの外国テロリストリストに載っている組織を増幅させていることを、うっかりと告白してしまったかのどちらかだ。

どちらにせよ、BBCが放映したような、注意深く脚色された製作物でも、欧米の「反乱勢力」の残りの、テロリスト的正体を隠蔽する意図的なこころみであることが簡単に暴露される。それが、シリア政府と、そのロシア、レバノン、イラクそしてイランの同盟勢力が、この戦争を終わらせてシリアの全ての領土で秩序を完全に回復させることの必然性をさらに強めることになる。

普通の衣装を着た、明らかにテロリストである「反乱勢力」と協議することを欧米が押し付けられたならば、ばかげたものとして決して受け入れないだろう。ならば、地球上に存在する他のどの国も、欧米がそのような条件を押し付けてきたら受け入れるべきでないだろう。


2016年1月27日水曜日

アルカイダ系のジャイシュ・アル・イスラムがシリア「和平交渉」に参加

前回の投稿「シリア軍の空爆で、2013年ゴータでの化学兵器テロ攻撃の指揮者が死亡」は、ジャイシュ・アル・イスラム(イスラム軍)の司令官、ザハラン・アッルーシュに関するものだったが、同ジャイシュ・アル・イスラムの、ザハラン・アッルーシュの親族であるモハンメッド・アッルーシュが「和平協議」の反体制派の連合、高等交渉委員会(HNC)代表団の一人に指名された。


以下は2016年1月26日にグローバルリサーチに掲載されたステファン・レンドマンによる、
Al Qaeda Affiliate Jaish al-Islam Slated to Participate in Syrian “Peace Talks” を訳したものです。(アクセス:2016年1月26日)

*投稿題はタイトル訳

月曜日に、国連アラブ連盟共同特別代表のステファン・デミストゥーラは、期日を発表せずに、誰が参加するかを示唆した。知られているところでは、ジャイシュ・アル・イスラム(イスラム軍)を含む、米国とサウジアラビアに支援されたテロリストグループが参加する。

ジャイシュ・アル・イスラムはISISのように軍事活動を行う。同じように残酷で、2013年にシリアのグータでの化学兵器攻撃を行い、多数を殺害し、多くを負傷させた。この重大な犯罪は、アサド側によるものという誤った非難がなされた。

この組織以外に、米国とサウジに支援された、どのテロリスト団体が参加することになるかは、デミストゥーラがどの名前を挙げるかによるが、この状況は疑問を喚起せずには居られない。

もし和平交渉の一方が、シリアの破壊と、人民によって選ばれた政府を外部の勢力によって決められたものに挿げ替えることに従事し、シリア人民は、誰が彼らの指導者になるかについて意思表示することができないとしたら、この交渉が正当であるなどと言えるであろうか。

オバマと無法者同盟諸国が、シリアでの政権が取り替えられるまで、ISISや他のテロリスト団体を帝国の歩兵として使う終わりのない戦争を望んでいるときに、どうやって和平交渉が成功するであろうか。ジュネーブでの第一回と二回の和平協議は失敗に終わった。今回も、以前のものより成果が出るとは期待できない。デミストゥーラ自身、どう転んでも「道は険しく」、ほぼ、不可能な使命(ミッション・インポッシブル)であると認めている。

近距離交渉が計画されており、双方が直接対面するのではなく、西欧諸国がコントロールする国連の交渉者らが、シャトル外交による仲裁を行い、この過程が少なくとも6ヶ月は続くが、進展が困難な行き詰まり状態になった場合には、これよりもずっと早く終わることになる。

協議の最初の数週間は、人道支援の増加、ISISとの戦闘、そして、戦いを続けている選ばれたテロリスト団体との停戦交渉に焦点が置かれる。反アサド穏健派戦闘員は存在しないが、存在するという神話がずっと主張されてきた。デミストゥーラの主張する、米、サウジに支援されたテロリストと「戦闘の停止」の交渉ができるというのは、まったくの御伽噺に過ぎない。5年近くにもなるオバマの、終わる見通しのないテロ戦争自体が、そのことを物語っている。

シリア政府の代表団は、国連特使のバシャール・アル・ジャーファリが率いる。高等交渉委員会(HNC)と呼ばれる反政府連合は、イスラム軍の中心的なテロリストで、連続殺人魔のモハンメッド・アルーシュを、この連合の代表として指名した。この指名は、和平交渉が到着直後に頓挫することになる、と鋭い批判を受けた。

誰が、自分の喉もとにナイフをつきつけ、恐ろしい残虐行為を犯し、それをやめる兆候が全くなく、米国とサウジの最大の援助を受けているものと交渉することができるであろうか。

今までに書いたものの中で強調したことを繰り返すことになるが、戦争で破壊されたシリアに平和と安定が、すぐに回復される可能性は、事実上ゼロだ。


2015年12月28日月曜日

シリア軍の空爆で、2013年グータでの化学兵器テロ攻撃の指揮者が死亡

以下は、2015年12月26日にグローバル・リサーチに掲載された、ドクター・クリストフ・リーマン(Dr. Christof Lehmann)の Syrian Air Strike Kills Commander Behind 2013 Chemical Weapons Terror Attack in Ghouta を訳したものです。(アクセス:2015年12月28日)

*投稿タイトルは題名の訳

ジャイシュ・アル・イスラム同盟の指揮官、ザハラン・アッルーシュがダマスカスの郊外で殺害された。2013年8月21日にダマスカスの郊外、東グータでの化学兵器攻撃開始を命令した、サウジ諜報機関の内通者アッルーシュは、当時リワ・アル・イスラムを指揮していた。ザハラン・アッルーシュは1980年代から、サウジ諜報機関に雇用されていた。

シリア軍の中央司令部は、ダマスカスの郊外、オタヤで空爆を開始し、聖戦主義指揮官らを標的にして殺害することに成功したことを確認した。その一人がジャイシュ・アル・イスラムのリーダー、ザハラン・アルーシュであった。ジャイシュ・アル・イスラムは、リワ・アル・イスラムを含む、いくつかの聖戦主義武装団の連合である。ジャイシュ・アル・イスラムは、シリアでのアルカイダ組織であるヌスラ戦線と同盟関係にある。

2013年のNSNBCインターナショナルによる綿密な調査では、ザハラン・アッルーシュが2013年8月21日の東ゴータでの化学兵器攻撃を、直接命令した人物だと結論した。この調査はまた、アッルーシュの判断の指揮責任は直接、米国の統合参謀本部長、ホワイトハウス、そしてサウジ政府に繋がると結論している。
アッルーシュはまた、国連査察団が東ゴータでの化学兵器攻撃の証拠を収集する際に従った「護衛」の選任もコントロールしていた。(この報告書にある詳細と名前はこちら)。

ザハラン・アッルーシュ、リワ・アル・イスラムそしてサウジ諜報機関は、シリアの化学兵器廃棄を、化学兵器輸送に攻撃を仕掛けることによって妨害する試みでも中心的な役割を果たした。これらの輸送に関する情報は極秘情報になっていたことから、シリア政府は、サウジ諜報機関がリワ・アル・イスラムに情報提供したという結論に達した。

ザハラン・アルーシュは1990年代からシリアでの、サラフィスト・ワッハビ派テロリストネットワークに関係しており、それによってシリア諜報機関に逮捕された。彼は、2011年の初期にアサド政権が大赦を行ったときに釈放された。2011年3月に刑務所から釈放された直後から、アッルーシュはサウジ諜報機関から相当な資金と武器を受け取り始め、それによってリワ・アル・イスラムを、サウジ内務省の主導下に、実質的なサウジアラビア出資による傭兵旅団として創設することができた。

サウジ諜報機関の内通者アッルーシュとリワ・アル・イスラムはまた、カタールとトルコに主に支援されていた自由シリア軍(FSA) と、その他のカタールが支援する反乱勢力の崩壊に決定的な役割を担った。例えば、2013年にダマスカスのジョバール地区でのシリア・アラブ軍との主要な戦闘時に、アッルーシュは、カタールに後援されているファースト・ブリゲードとリワ・ジャイシュ・アル・ムスリミーンに、急に撤退することを告げずに彼のリワ・アル・イスラム軍団を撤退させた。これらの両旅団は、シリア軍に文字どおり一掃された。

ザハラン・アッルーシュを根絶した空爆はまた、主要な野戦指揮官も根絶させた。彼は、シリアの戦域での、ムスリム同砲団と連携する反乱勢力の優位を、アルカーイダと連携する反乱勢力に移行させた人物である。これは、ヌスラ戦線、ジャイシュ・アル・イスラム、リワ・アル・イスラム、そして究極的には、自己宣言したイスラム国、別の名をISIL, ISIS、またはダーイシュらの優位性ということだ。


ドクター・クリストフ・リーマンはnsnbcの創設者で編集者である。
本文のオリジナルはnsnbc international に最初に掲載された。
Copyright © Dr. Christof Lehmann, nsnbc international, 2015

2015年10月8日木曜日

サウジアラビアが国連人権理事会を率いるという茶番劇

以下はグローバルリサーチに9月24日に掲載されたFelicity Arbuthnot による United Nations Farce: Saudi Arabia to Head UN Human Rights Council を訳したものです。

国連事務総長の潘基文(バン・キムン)は2007年3月12日に人権理事会、第四期を開催するにあたって「全ての人権侵害の被害者は人権理事会を公開論議と行動への跳躍台として頼ることができるべきである。」と述べた。
国連憲章第55条には「人種、性、言語又は宗教による差別のないすべての者のための人権及び基本的自由の普遍的な尊重及び遵守」が、促進すべき目的のひとつとして挙げられている。国連創設時に掲げられた理想とは真っ向から反し、国連はサウジアラビアの国連人権理事会特使を影響力の強い人権パネルの長に任命した。

この任命は6月になされたが、9月17日になって国連ウオッチが手に入れた文書によって明るみに出た。(1)(以下文書抜粋)

...ジュネーブのサウジアラビア国連大使ファイサル・ビン・ハッサン・トラッド氏が国連人権理事会の独立専門家委員会の長に選ばれた。強力な5名の外交団を率いる影響力の強い役を担うトラッド氏は国連が人権に関する権限を持つ国々での数多くの専門家の役職を世界中からの申込者から選ぶ権限を与えられた。

国連ウオッチによれば、このような専門家は人権委員会の「至宝」とよく言われていた。この「至宝」が世界中で最悪の人権記録を持つ国のひとつに手渡されてしまった。サウジアラビアは人権侵害と委託事項を扱う77以上の役職を世界中の申込者から選ぶ権限を与えられた5名の大使からなる諮問委員会を率いることになる。

元国連事務総長のコフィ・アナンが2003年のイラクへの侵略、爆撃、そしてこの国をほぼ破壊したことが違法であることを公的に認めるのに18ヶ月もかかった国連の質の低さと比べても、今回の選択はさらに眼を見張るような劣化であるとして、国連ウオッチは「今年に入ってISISよりもより多くの人々を斬首した国が主要な人権委員会を率いることとなった...」と指摘した。(2)

この任命がされる直前の5月にサウジ政府はさらに8人の刑執行人募集の広告を出した。「...数を増す死刑を執行する、これらは普通斬首であり、公開されるものである」(3)そして「特別な資格は必要ない」模様で、主な職務は処刑であるが、仕事内容には 「切断も含まれる...」とある。この広告はサウジ王国の行政省ウェッブサイトに掲載された。今年の6月15日までに処刑者数は100名を越え、「昨年を大幅に上回って新たな記録を打ち立てることになりそうだ」とインデペンデント紙は述べている。(6月15日付)この記事はまた、この王国は1995年の192名というぞっとする野蛮な記録を更新する模様だ」とも記している。この新聞には、「...処刑数の増加は新国王サルマンとその最近指名された側近らと直接関係がある...」 とある。


2014年の8月に人権ウオッチは17日間の間に19件の処刑があったと報告し、その中には一件の「妖術」もあった。姦通と背教も死刑の対象となりえる。


超皮肉なのは、サルマン国王の首切り前任者でサルマンの異母兄弟であるアブドウッラー国王(現在でも斬首記録保持者)が1月に死亡した際に英国首相のデイヴィッド・キャメロンが国会議事堂やウェストミンスター寺院などで半旗を掲げる指示をしたことだ。ある国会議員は、「ホワイトホール(ロンドン中央官庁街)にアブドウッラー国王への哀悼の意を表する半旗がたなびく日に、いったい何名の公開処刑が行われているのだろう」と疑問を呈した。

キャメロンはサウジアラビアを「懸念される国」として言及している自国の外務連邦省報告書に目を通していないようだ。多くの批判に対し、ウェストミンスター寺院のスポークスマンは「我々にとって半旗を掲げないということは、イスラムテロリズムと戦う同盟国の国王の死に対して表立って攻撃的な所感を述べるのに等しい」と述べた。

この寺院の代表は息を飲むほど無知か、眼を見張るほど情報に疎いかのどちらかであるようだ。2009年12月に米大使館の公電(4)で当時米国務長官であったヒラリー・クリントンは、

サウジアラビア王国(KSA)は国内でのテロリズムの脅威に関しては真剣に受け止めているが、サウジアラビアから出ているテロリストへの資金供給に対処することが戦略的優先事項であることをサウジ高官らに説得するのは常に困難が伴う。

と書いている。そしてさらに、

... サウジアラビアの寄付者らが世界中のスンニ派テロリストへの最も重要な資金源となっている...世界中のテロリストと過激派へのサウジアラビアを本拠とする出所からの資金の流れを食い止めるためにサウジアラビアがより多くの手段を講じることを奨励する...関与が必要だ。

とある。

自国では女性たちは「男性保護者の承認を得ずにパスポートを手に入れたり、結婚したり、旅行をしたり、高等教育を受けることはできない。」(人権ウオッチ・レポート、2014)サウジアラビアはもちろん、世界で唯一女性が運転することを禁じている国である。


この国は現在21歳のアリ・モハメッド・アル=二ムルの斬首を準備している。彼は17歳のときに反政府抗議活動に参加したことと銃器を保持していたことにより逮捕されたが、銃器に関する嫌疑は一貫して否定されている。人権団体らは彼の刑と彼の罪を立証する根拠の脆弱さにショックを受けたが、どちらの「要素も今日のサウジアラビアではめずらしくはない」と指摘している。斬首の後、アル=二ムルの首なし体は「公開観覧のために十字架に貼りつけられる」ことになるようだ。(5)

米、英の政府省庁からひっきりなしに発せられる「自国民を殺す」政府に対する空爆、侵入そして虐殺を正当化するお題目はなんなのか。

数多くの報告書が、サウジアラビアが国連拷問禁止条約に署名をしているにもかかわらず拷問が広く行われていることに言及している。

世界中のサウジ大使館前で、ブロガーのライフ・バダウィが言論の自由についてブログを書いたことで千回の鞭打ち刑を言い渡され、毎週金曜の祈祷後に50回の鞭打地を受け、そして10年の禁固刑を言い渡されたケースに焦点を当てる抗議行動が行われている。

三月以来サウジアラビアは国連の委任なしにイエメンを爆撃し、学校、病院、家屋、ホテル、公共のビル、国内避難民キャンプ、重要歴史文化財を破壊して「一般市民の死と破壊の痕跡」を生み出した。これらをアムネスティー・インターナショナルは戦争犯罪の可能性があるとした。「違法な空爆」は軍事標的と一般市民のものを区別することができなかった。「市民が安全な場所はどこにもない」とアムネスティは指摘した。(6、pdf)

さらに、2015年3月25日以降この紛争は...4千人近くの死亡者をだし、その半数は数百人の子供を含む一般市民であり、百万人以上が避難民となった。「...一般市民の生命と国際人道法の基本原則への言語道断たる無視により数百の紛争に参加していない多くの子供と女性を含む市民が違法(過度で無差別)な地上攻撃と空襲によって(死亡し負傷)」してきた。

米国が供給したクラスター爆弾が使われたと疑われている。2008年12月以降117カ国がこれらの致死性があり無差別な武器弾薬を禁止する条約に加盟している。サウジアラビアはもちろん加盟していない。

サウジはまた、現在は広く違法と認められている2003年のイラクを爆撃をした国のひとつである。イエメン爆撃が米国防省の人民殺害時のばかげたお題目リストのひとつ、1991年イラクでの「砂漠の嵐作戦」とそっくりな「決然たる嵐作戦」とされたのは彼らの米国との親密さを暗示するものではないか。

サウジはまた2015年の国境なき報道団の報道の自由指標で180カ国中164位であった。全ての面でサウジが国連の人権理事会を率いることはジョージ・オーウェルの最も悪夢に満ちた政治ファンタジーそのものだ。

そういえば、世界貿易センタービルに突入した飛行機のハイジャック犯のうち19人はサウジアラビア人だともちろん教えられてきたが、その「対テロ戦争」の最も血なまぐさい大量虐殺という罰をアフガニスタンと中東、北アフリカでは今でも受け続けている。サウジの代表が国連人権機関の日の当たる場所に入り込んだときに。

国連人権理事会ウェッブページには「国連人権高等弁務官事務所は人間の尊厳という普遍的な理想に対する世界の関与を代表する。我々は人権の促進と保護という独特な権限を国際社会から付与されている。」とある。皆さんよく言うね。

2015年8月25日火曜日

斬首されたシリアの学者はISISテロリストをパルミラの古文化財の隠し場所に連れて行くことを拒んだ

以下の文はグローバルリサーチに8月20日に掲載されたもので、原文はレバント研究学会に19日に掲載されたカリーム・シャリーンとイアン・ブラックによる  Beheaded Syrian Scholar Refused to Lead ISIS Terrorists to Hidden Palmyra Antiquities を訳したものです。(アクセスは2015年8月21日)

カーレド・アル=アサード氏(82歳)はこの古代都市パルミラで殺害されるまでの一ヶ月間、過激派から尋問を受けていた。

イスラム国(IS)過激派は高名な古代文化財学者をシリアの古代都市パルミラで斬首し、この史跡の主要な広場の柱に切断された体を吊るした。貴重な古代芸術・工芸品を保管のためにどこに移動したかを明かすことを拒んだためと見られる。


カーレド・アル=アサード(82)の惨殺は、シリアと隣国イラクの三分の一を占拠し、支配下の地域で「カリフ国」を宣言したこのジハードグループが行ってきた残虐行為の最新のものである。この事件はまた、ISISが古代文化財を破壊すると同時に活動の資金を得るために略奪したものを常習的に売っていることを浮き彫りにした。

シリア(文化省)古文化財局長のマーモウン・アブドゥルカリム氏は、パルミラの古文化財長として50年以上働いてきた学者が火曜日にISISによって殺されたとをアサード氏の家族から知らされたと述べた。アサード氏は殺害される前の一ヶ月間囚われの身となっていた。アラブ・英国理解協会長のクリス・ドイル氏はシリアの情報筋から、この考古学者がISISにパルミラの秘宝の在り処について尋問されており、協力を拒んだために処刑されたことを知らされた、と述べた。

ISISはこの古代都市を政府軍から5月に奪った。古代美術・工芸品を偶像崇拝として破壊することで知られているが、巨大なローマ時代の遺跡が破壊されたという情報は入っていない。

「この地とその歴史にこれだけの偉業を残した学者が斬首され、その亡骸がパルミラの広場の中央の古代円柱の一つに今でも吊られていることを想像してみたまえ、」とアブドゥルカリム氏は述べた。「これらの犯罪者がこの都市に居続けることは(パルミラ)と、その全ての円柱と全ての遺跡の一片にとって呪であり凶兆だ。」
パルミラを拠点とする活動家たちはアサード氏の斬首された身体がこの町の通りの柱にくくり付けられている未証明の惨たらしい映像をソーシャルメデイアで回覧させた。その身体の前に置かれた板には、彼のシリア大統領バシャール・アル=アサドへの忠誠や、政権の諜報と治安当局高官と連絡を取り続けていること、そしてパルミラの「偶像」コレクションの管理をしていたことを非難する罪状が記されていた。

イスラムの厳格な解釈に従うISISはこのような古代の像を維持することを背教行為とみなす。シリア国営通信社SANAと英国に本拠地を置くシリア人権監視団によれば、アサード氏は火曜日に町の博物館の外の広場で数十人の目前で斬首された。そして亡骸はパルミラの遺跡のローマ円柱のひとつに吊るされた。

アマール・アル=アズム氏はシリアの科学と保全研究所を管理してしていた元シリア古文化財局員でありアサード氏とは個人的な知り合いであった。彼はアサード氏を評して、パルミラの初期の発掘と各部分の修復に従事した「掛替えのない」学者と述べた。「カーレッド・アサードのことを語らずしてパルミラの歴史や研究について書くことができないほど必要不可欠な人物だった。」「それはエジプト学がハワード・カーター抜きには語れないのと同じことだ」とアズム氏は述べた。そしてまた、

「彼はこの地についての膨大な知識の宝庫であって、それが失われたことが惜しまれる。彼はこの遺跡の隅から隅まですべてを知っていた。このような知識は掛替えのないもので、ただ本を買ってきて読めば身につくようなものではない。そのような知識は、それを身をもって生きて密接な関与をしてきたことのみによって得られる個人的な特質を持っている。それが永久に失われてしまった。我々にはもうそれを持つことはできないのだ。」と付け加えた。

この都市がISISに征服される前にシリア当局者は過激派に破壊されることを恐れて何百もの古代の彫像を安全な場所に移した。ISISは持ち運びができて簡単に売ることができる未登録の物品を探すであろうと思われた。ISISが支配する前にアサード氏は博物館にあったものを避難させる役割を担ったので逮捕されるのは確実だったとアズム氏は述べた。「彼はパルミラにずっと長い間いてずっとその一部でありつづけていたから、一生を過ごした場所で最後を迎えることを彼は多分わかっていたのではないか。そしてそれが不幸なことに現実となってしまった。」「惨いことだ。」

歴史家のトム・ホランド氏は、この悲報は遺憾であり、

「古代世界の研究に興味を持つ者すべてにとって、博物館で古代文化財の展示を監督したり、考古学の国際会議に出席することが死刑に値するというイデオロギーを信奉するものがいると気づかされるのはショック以上のものだ。」と述べた。


パルミラは古代、シルクロードの重要な貿易中継地として繁栄した。アサード氏は過去数十年間にわたって米国、フランス、ドイツ、スイスの考古学派遣団と共にローマの墓地とベル神殿を含むユネスコ世界遺産パルミラの有名な2000年の遺跡の発掘と調査をしていた。

SANA通信社はアサード氏がパルミラ博物館の庭でいくつかの古代共同墓地、洞窟そしてビザンチンの墓地を発見したと述べた。彼はまた、7世紀にイスラムが台頭する前に、この地域で共通語として使われていたアラム語学者でもあった。

「アル=アサードはシリアと世界にとって大切な存在だった、」と彼の義理の息子カリール・ハリリ氏はAP通信に語った。「なぜ彼らはアサードを殺したんだ。」「彼らは組織的な作戦で我々を先史時代に連れ戻そうとしているが、それが成功することはない。」

6月にISISはパルミラのふたつの古代神殿を爆破した。これらはローマ時代の建造物ではなかったが、過激派は多神教で神を冒涜するものとした。7月初旬にISISは25人の捕らえられたシリア政府兵士らの円形劇場での殺害が写されたビデオを発表した。ユネスコは先月、略奪が「工業規模」で行われていることに警鐘を鳴らした。ISISはイラクの二ムロッドなどの遺跡破壊を宣伝するが古文化財を略奪して活動資金にあてていることについてはほとんど語らない。

盗まれた古文化財は、このグループの数百万ドルほどと見られている収入のうち、石油の密売と直接税、恐喝とともに顕著な比重をしめている。ISISは2014年までにすでに存在していた幾つかの武装グループ、個人、シリア政権による不法発掘と略奪行為を乗っ取った、と考古学専門家らは述べている。ISISは初め発掘をする「許可」を与えたものに20パーセントの税を課していたが、後で自分たち自身の考古学者、発掘団、機械を調達し始めた。米国率いる同盟国が油田や他の標的を爆撃し始めたときに、ISISは盗掘により投資をし、許可なしに略奪することに対する罰を科した。


2015年8月9日日曜日

シリアでのオバマによる「安全区域」は戦火を煽ることになる

リビアで起こったことを覚えているものなら今回の米国とトルコによるシリア国内の「安全区域」が「飛行禁止区域」であり、アサド政権打倒のために以前から計画されていたことがわかるであろう。以下の文はグローバル・リサーチに2015年7月31日に掲載されたシャムス・クック(Shamus Cooke)による Obama’s “Safe Zone” in Syria Will Inflame the War Zone を訳したものです。

この「安全区域」が戦争の大きな拡大であるにもかかわらずメデイアではソフトなトーンで描かれている。実際には「安全区域」は「飛行禁止区域」であり、他国の領土内で軍事制空権の実施を計画していることを意味する。これは長い間国際社会そして米国軍関係者によって主要な戦争行為と認められている。紛争地帯ではある地域に入ってくるもの全てと付近にある危険と思われるもの全てを破壊することによって「安全」を確保する。

トルコはシリア戦が始まったときからオバマに飛行禁止区域を要求していた。この戦争のあいだ中、この数ヶ月間にもずっとこのことが議論されてきたが、攻撃対象と想定されているのは常にシリア政府である。

そして突如飛行禁止区域が実現した。トルコが常に望んでいたのと全く同じ場所で。しかし適切な名称である「対クルド、対シリア政府」安全地帯ではなく「対ISIS」というラベルがついている。
米報道機関は瞬きもせずにこの名前変更を受け入れたが、多くの国際報道機関はもっとよく知っている。例えばインターナショナル・ビジネス・タイムズは「安全地帯の協定」は...アサド(大統領)の止めを刺すことになりえると報告している。

そしてミドルイースト・アイでは、

  。。。(この安全地帯は)トルコにとってシリアのバシャール・アル=アサド政権と対峙するための  難関を突破したことになる。飛行禁止区域が実現したならばアサドとその支持者たちにとって
     大きな打撃となるだろう。

報告している。米国の報道機関でもオバマの安全地帯の同盟国トルコの主要な目的については認識している。クルド戦闘員とシリア政府を打ち負かすことだ。この両者がISISに対して最も効果的な戦闘員であり続けたにもかかわらず。ISISが去った後の空間を埋めることになる地上軍の目的もシリアの政権交代である。ニューヨーク・タイムズが効果的な湾曲法で「比較的穏健なシリアの反乱軍」と呼ぶところの地上軍がISISが去った後の空間を埋めることになるが、この軍隊の目的もシリアでの政権交代である。

ニューヨーク・タイムズが安全地帯同盟諸国の目的を確認した。

  ...トルコとシリアの反乱軍はどちらもバシャール・アル=アサド大統領の打倒が最優先事項で  ある...

もしも安全地帯の標的がシリア政府でないというのであれば、ISIS消滅後にシリア政府軍が以前そうしていたように安全地帯を支配することになる。もし政権交代が目的でないのならシリア政府はISIS攻撃の際には事前に連絡を受け、協調することになったずだ。なぜなら、この安全地帯が指定している同じ地域でシリア軍はISISと激しい戦闘を行っているからだ。このような措置を取らなかったのは「安全地帯」計画がISISよりはるかに大きなものだからだ。オバマは安全地帯を支配する「比較的穏健な戦闘団」が誰なのかについて詳しくは語っていないが当てるのは簡単だ。シリア反乱軍の中で誰が効果的な戦闘集団で、近くの地域を支配しているかを見さえすればいいのだ。

この地域のISIS以外のグループで最近ブランド名を変更して「征服軍」と名乗っているヌスラ戦線とアハラール・アル=シャム率いるイスラム過激派連合である。ヌスラはアル=カイダの公式の連携組織であり、アハラール・アル=シャムの指導者は以前、彼のグループは「本物のアル=カイダ」であると述べている。この征服軍はトルコとサウジアラビアと積極的に協調しており、米国によって訓練された多くの戦闘員らによって構成されている。

これらのグループはISISのイデオロギーと戦術を共有しており、違うのは彼らが米国とトルコと共同で行動することに意欲的であるという点のみだ。いったん「安全地帯」の施行が始まれば多くのISIS戦闘員が単にシャツを脱ぎ変えてヌスラ戦線に参加するであろうことは予測に難くない。なぜなら、この2集団間に原理的な違いはないからだ。オバマは「安全地帯」を支配する国外からの地上軍団がシリア政府を標的にしていることを知っている。ということは米軍機は事実上シリア政府に対するアル=カイダの空軍として機能することになる。

これはシリア政府との直接の軍事衝突が避けられないことを意味する。アサド大統領はすでに、米国、トルコ同盟が協調された軍事作戦によって「安全」にしようとしている地域でISISを攻撃しているからだ。ISISに対処した後に、過激派グループがシリア政府への攻撃を続けることを可能にするための「安全地帯」なので、シリア軍の戦闘機も結局は標的になるであろう。

この危険についてはニューヨーク・タイムズでも認められている。

  「目的が何であったとしても、この(安全地帯)計画はアメリカと同盟国の戦闘機をシリア航空機が定期的に爆弾を落としている地域に今までになく近づけることになり、もしシリアの戦闘機が同盟諸国の地上にいるパートナー(比較的穏健な反乱軍)を攻撃したらどうするのかという疑問を喚起する。」

答えは明白だ。米国とトルコの戦闘機はシリアの航空機と戦闘状態になり、政権交代という目的を達成するまで戦争を拡大深化することになる。これこそがリビアて発展した事態なのだ。米国とNATO主導の人道支援の通路を作るためとされた「飛行禁止区域」は、すぐに雪だるま式に本当の目的達成のために拡大された。政権交代とリビア総統の殺害である。この大規模な戦争犯罪をオバマとヒラリー・クリントンは今でも「勝利」として称賛している。リビア人たちが、以前は近代的であった今や見る影もない国から逃避するために地中海で溺死しているというのに。

もしもオバマのシリアでの目的が実際にISISを打倒することであったなら、それはいつでも数週間で達成できていたことだ。米国の中東地域の同盟諸国と真剣で調整された努力をし、非同盟諸国ですでにISISと戦っているシリア、イラン、ヒズボッラーと協調しさえすればよいのだ。トルコ、サウジ・アラビア、イスラエルとヨルダンがISISとの戦いに参加するならば、直ちに資金、武器そして兵士調達の首を締め上げられ、格段と勢力を落とすことになる。これで戦争は終了。

これが実現しない唯一の理由は、米国とその同盟諸国が常にISISをシリア、ヒズボッラーとイランに対抗するする便利な代理とみなしてきたからだ。またISISはいうまでもなく、イランに友好的なイラク政府への政治的梃いれにもなる。

トルコはISISを打倒するための最も大きな障害であり続けている。なぜならトルコはISISを数年間支援してきたからだ。ISISはずっとトルコ国境をシリア政府からの攻撃から逃れるため、医療支援を受けるため、物資補給や兵員補充のために利用してきた。ISISはトルコ国内に快く迎えられていたので、ISISはソーシャルメデイアでトルコをISISに参加したいジハーディストの為の国際的な通過拠点として宣伝している。トルコの移民局も税関も見て見ぬふりをし、トルコ国境警備もまたそのようにしている。

「安全地帯」について議論するときに、米国のメディアは必ず国家主権という国際法の基盤をなす概念を無視する。国際法の見地からして国々の境界線は侵すべからざるものだ。防衛戦争のみが正当な戦争とみなされる。ある国が他国に飛行禁止区域を施行するのは国境が侵害され、戦争行為によって国際法が破られたことを意味する。

オバマ政権は上述の動力学を理解しているが、2013年に中止となったシリア政府を爆撃する計画を練っていたときと同じように慎重さを捨ててしまった。米国とトルコの飛行禁止区域はすでに地域戦争となったものをさらに深刻化させる。イランとヒズボッラーは最近シリア政権に対する直接支援を増大させた。トルコと米国の軍隊が戦場に入ることによって対決は避けられなくなる。対決することが計画そのものなのだから。


2015年8月6日木曜日

リビアのサイフ・イスラム・カダフィと政府高官の死刑求刑に抗議

以下は今年7月31日にグローバルリサーチに掲載されたクリストフ・リーマン(Dr. Christof Lehmann)による以下の文を訳したものです。

Libya: Protests against Death Sentences for Saif and other Qaddafi Government Officials
http://www.globalresearch.ca/libya-protests-against-death-sentences-for-saif-and-other-qaddafi-government-officials/5466008 (アクセス”2015年8月2日)

火曜日にトリポリの正式に認められていないリビア政府の下でトリポリ裁判所は2011年に崩壊した政府の高官、サイフ・アル=イスラム・カダフィとアブドゥラー・セヌッスィその他7名に死刑を宣告した。数多くのものが厳しい判決を受けており、リビアのいくつかの地区で抗議行動が起こった。
失脚し殺害されたもと国家元首ムアンマール・カダフィの息子サイフ・アル=イスラム・カダフィとアブドゥラー・セヌッスィ、そして崩壊した政府の7名のメンバーに対する判決と死刑宣告は驚くべきものではなかった。死刑を宣告されたのは元首相のアル=バグダディ・アル=マハムーディ、元人民委員会総書記のアブゼイド・ドゥールダ、崩壊した元政府の諜報局長マンスール・ドウ、元国内治安局長のミラッド・ダマン、アブドゥラー・セヌッスィ補佐アブドゥルハミッド・オヒダ、トリポリ革命委員としてアウィダット・ガンドールとムンダール・ムクタール・ガニアミである。

サイフ・アル=イスラムとアブドゥラー・セヌッスィの裁判は本人不在で行われた。サイフは24回の審理のうち3回ビデオリンクで参加したのみだ。失脚した国家元首の息子はジンタンに拘禁されていると報告されている。被告の法律家との接見や弁護士との会話を秘密裏に行う権利などが取りざたされている。サイフ・アル=イスラムとアブドゥラー・セヌッスィの2人はヘイグの国際刑事裁判所(ICC)からも同時に手配されている。物議をかもしているのは、ICCがサイフ・アル=イスラム・カダフィは訴追のためにヘイグに送還されるべきだと主張とすると同時に、彼の裁判は公正であったとしていることだ。トリポリの裁判所は被告に銃殺刑を言い渡した。この判決は、国際的に承認されていないトリポリの政府下の裁判所と裁判の合法性に対する疑問を喚起した。2011年にリビア政府が外国の支援によって追放された後にこの国が陥った無秩序状態の所産であるからだ。過去に国際的な承認を受けた政府といえば、トリポリを避難してトブルクに移っている。

被告らに対するその他の求刑は、終身刑が、
Husni Al-Wahishi, Mohamed Al-Deeb, Mabrouk Masood, Omran Furjani, Mahamed Al-Hanashi, Amer Fraraj, Radwan Al-Hamali, and Bashir Hamidan;  
12年の禁固刑が、
Mohamed Al-Zway, Mohamed Al-Sherif, Abdullah Abu-Kasem, Muhsen Lamooji, Jibril Kadiki, Ali Ahmeda, and Sayd Gheriani;  
10年の禁固刑が、
Abdulhafeed Zlitni, Bu Ajeela Masood, Amar Nayed, and Mohamed Ramadan;  
6年の禁固刑が、
Abdulraheem Gmati, Ali Abdussalam, Abdulrauf Ahour;
5年の禁固刑が、
Ali Mozogi.
である。

NSNBCインターナショナルは現在トリポリの法務省に連絡し、この裁判の法廷文書または裁判と判決の謄本を手に入れようとしている。この元政府関係者に対する判決に対して、セブハのマンシヤ地区(Sebha's Manshiya district)、ブラク(Brak)、キラー(Qirah)、シュワイリフ(Shuwairif)を含むいくつかの地区で抗議運動とデモが起こった。これらの三つの場所はセヌッスィがメンバーであるマガルハ(Magarha)族によって占められている。この部族はトリポリへの水の供給を支配しており、これを部族の長らが政治的影響力として使うのではないかと憶測されている。裁判所と判決に対する抗議は、バニ・ワリッドやシルテといった場所でも行われている。これらの場所が自称「イスラム国」別名ダエシュ、ISIS, ISILによってほとんど支配されているにもかかわらずである。

2011年にNATO主導の同志連盟が国連安全保障委員会決議1973(2011)の飛行禁止区域の施行を求める条項を逸脱してからリビア政府は転覆され、ムアンマール・カダフィは殺害された。それどころか、NATO主導の同志連盟はカタールとサウジアラビアからの強力な支援、そしてイスラエルからも非公式の支援を得てムスリム同胞団とアル=カイダと繋がっているテロリスト旅団を積極的に支援した。しかも、数千人に上る外国人傭兵がリビアに流入し、その一部は米国CIAから直接支援を受けていた。以来リビアはシリア、マリ、そしてイラクの戦争の跳躍版となった。

2015年8月5日水曜日

ワシントンのアルカイダ同盟者が今やリビアでISISの指導者に

以下の文は2015年3月10日にグローバルリサーチに掲載されたエリック・ドレィツアー(Eric Draiser)のWashington’s Al Qaeda Ally Now Leading ISIS in Libya を訳したものです。

米国の同盟者であるアブデルハキム・ベルハジが今やリビアでISISを率いていることが明らかになったが、これは米国のこの国とこの地域全体での政策をずっと観察していたものにとっては何ら驚くに値しない。 このことは米政府が数え切れないほど自分たちが世界中で戦っていると主張しているその勢力そのものに支援と快適さを与えてきたことを示している。

最近の報告書には、アブデルハキム・ベルハジがリビア国内にいるISISの組織司令官の位置に収まっているとある。この情報はベルハジが聖戦過激派の温床として知られるリビア東部のデルナ(Derna)付近のISIS訓練センターの活動を支援し調整していることを確認したある米諜報員(名前は出ていない)によるものだ。

このアル=カイダテロリストからISIS司令官、というのは主要ニュース記事にはならないようだが、実は2011年から米国とそのNATO同盟諸国はベルハジのことを「自由の戦士」として支持してきた。これらの国々は、ベルハジを彼自身を含む多くのリビア・イスラム闘争グループ(LIFG)メンバーを捉え拘留した「非道な独裁者」ガダフィに対し、自由を愛する同志を勇敢に率いて戦う人物としてきた。

ベルハジはリビアでの米国の目的を非常に良く追行したので彼とその追随者たちをヒーローと呼ぶ上院議員ジョン・マッケインから表彰されているのを見ることができる。彼はガダフィが失墜した当初トリポリの軍司令官という地位を見返りに得たが、より政治的に聞こえの良い「暫定政権」に譲ることを余儀なくされた。以降この暫定政権は無秩序状態で戦争に引き裂かれた国で消滅していった。
ベルハジのテロ活動の歴史には、アフガニスタンとイラクでアル=カイダと協力するという「成果」、そしてもちろん、黒人系リビア人と緑の抵抗運動(ガダフィ率いるリビア・アラブ・ジャマヒリヤに忠実な者たち)の一味と疑われた者らの大量殺害となった米国とNATO後援のリビア中での暴力行為に彼が都合よく追従したことが挙げられる。企業メディアはベルハジがCIAの移送プログラムによって拷問を受けたらしきことで彼を殉教者にしようとしているが、彼が行く先々で暴力と流血の結果となることは動かされぬ事実だ。
これらの情報の多くはすでに知られていることであるが、ここで最も重要なのはこのニュースを適切な政治的脈絡の中で見ることである。それによって米国がリビアからシリア、そしてそれ以外の国で過激な武装団の主要な擁護者であり続けており、「穏健派反政府軍」などというのは考えることをしない大衆をだますために作られた巧言にすぎないという明白な事実が浮き彫りにされる。

敵の敵は友...そうでなくなるまでは

ベルハジのアル=カイダとの繋がりと世界各地での彼のテロリストの業績には多くの記録された証拠がある。数々のレポートが彼のアフガニスタンその他各地での戦闘を取り上げているし、彼自身イラクで米兵たちを殺したことを豪語している。しかしベルハジがガダフィとリビアの合法である政府転覆を望む「反乱勢力」の顔となったのは2011年のリビアにおいてである。

ニューヨーク・タイムズのレポートによれば、

  リビア・イスラム闘争グループは1995年にカダフィ大佐を失脚させることを目的に創設された。  リビアの治安部隊に山岳に、または国外に追いやられていたこのグループのメンバーは一番最  初にカダフィ治安部隊との戦いに参加した集団のひとつだ。。。。正式にはこの闘争グループは  もう存在していないが、以前メンバーだった者の多くがアブー・アブドウッラー・サディク(別名 ア  ブドルハキム・ベルハジ)の指揮の下で戦っている。

ということはベルハジは米国とNATOのリビアに対する戦争に参加しただけでなく、最も強力な指導者の一人として対カダフィ戦の最前線で百戦錬磨の聖戦主義集団を率いていたということだ。このことを最もよく物語っているのがリビア・イスラム闘争グループ(LIFG)がバブ・アル=アズィズィヤにあるガダフィ邸の敷地攻撃の先陣を切ったことだ。その際にLIFGは米諜報機関と米軍から情報と、そして多分戦術的支援をも提供されていた。

ベルハジが急激に世界規模の問題として浮上したISISと関連しているというこの新しい情報は、米国とNATOのリビアへの戦争が米諜報局と米軍が公然と、そして暗黙裡に支援したテログループによって戦われてきたという、2011年以来本著者を含む多くのものが主張してきたことを強化するものだ。また、この情報は米国が自国の地政学的目的のために世界中で最も活動的なテロリストの巣窟をどのように利用したかについて光をあてる、近年浮上した他の情報とも合致する。

最近のレポートによれば、ベルハジはデルナのISIS訓練センター支援に直接関わっている。デルナといえば、もちろん、2011年からリビア情勢を追っているものなら良く知っているはずの場所だ。なぜならこの町は「蜂起」の初期から破滅の年2011年までトブルークとベンガジと共に反ガダフィ、テロリストのリクルート中心地であったからだ。デルナはまた、それよりもずっと前から暴力的過激派の拠点として知られていた。

2007年に「イラクにいるアル=カイダの外国人戦闘員:シンジャール記録初調査」と題した主要な研究がウエストポイントの米陸軍士官学校のテロリズム撲滅センターによって行われた。その著者らによれば、
  シンジャール記録の戦闘員のほぼ19パーセントはリビアのみから来ている。さらに、シンジャー  ル記録のサウジアラビアを含めた他のどの国よりもリビアは戦闘員を数多く輩出している。。。
  イラクに渡るリビア補充兵が急増したのはリビア・イスラム闘争グループ(LIFG)がアル=カイダと  協力関係を深めており、2007年11月3日にLIFGが正式にアル=カイダに参加するに至ったこ  とと関係しているようだ。。。戦闘員たちがもっとも多く故郷の町としてあげるのはリビアのダルナ  (デルナ)とサウジアラビアのリヤドで、それぞれ52名と51名の戦闘員がこの二つの町の出身   だ。ダルナ(デルナ)の人口は、リヤドの430万人にくらべ、8万人を少し上回るだけで、シン    ジャール記録の戦闘員の中では町の人口比でとび抜けて高い。

ということは、米軍と諜報界は10年近く(多分それより長く)デルナが直接または間接的にLIFG関係のジハーディストたちに支配されており、この町が中東地域でのテロリズムの主要なリクルート場として機能していたことを知っていたということだ。当然このような情報は、ISIS訓練キャンプがデルナの地で悪名高きベルハジと繋がっていることの地政学的そして戦略的な重要さを理解するためになくてはならないものだ。

このことは我々を3つの相互に関連した同等に重要な結論に導く。第一は、デルナがまたリビアと、言うまでもなく標的であるシリアを含むより広範なこの地域で戦われるテロ戦争の歩兵を供給することになること。第二は、デルナの訓練場は米国と繋がっていることが知られている人物によって支援と調整がなされるということ。そして第三は、米国の「穏健派反乱軍」を支援するという政策は平均的アメリカ人(そして西欧に住む人々一般)に米国はテロリズムを支援していないと思わせるために作られた広報キャンペーンにすぎない。支援しているという反対の証拠がこれだけあるにもかかわらず。

「穏健派反乱軍」の虚構

ベルハジとISISに関するニュースは孤立状態で観察されるものではない。むしろ、「穏健派」が米国にって支援されているという概念は世間一般と政治を観察する人々の知性を侮辱するものであることのさらなる証と見られるべきだ。

3年以上も米政府はシリアのいわゆる穏健派を支援するという政策を喧伝してきた。ひとつの大きな「穏健派」テントの中にはアル=ファルカーン旅団(人食いで有名となった)からハズム(「決意」)まで多種多様なテログループがその時々に巻き入れられてきた。米国のプロパガンダ布教者と各種の戦争煽動者たちには気の毒だが、これらのグループは以来その他の多くのグループと共にヌスラ戦線とISIS/ISILに自主的にまたは強制的に組み込まれている。
最近、もと自由シリア軍の派閥からISISへ大規模な離脱があったという多くの報告がなされた。寝返ったものたちは米国が供給した高度な武器を持ち込んだ。米政府の政策の「看板ボーイ」と相まって、前述のハズムグループも今やシリアでアル=カイダと繋がっているヌスラ戦線の一部となっている。もちろんこれらはISISか、シリアでのアル=カイダ・ブランドのどちらかと提携するたくさんの例の一部に過ぎない。その他ちょっと挙げただけでも、リワー・アル=ファルーク、リワー・アル=クサイル、そしてリワー・アル=トゥルコメンなどがある。

ここで明らかなのは、米国とその同盟諸国が、シリアでの政権を変えるための終なき追求として過激派集団を公然と支援し続け、それらの集団が合体してISIS,ヌスラそしてアル=カイダという地球規模のテロ脅威が形成されたということだ。

しかし、これはなにも新しいことではない。ベルハジの件が議論の余地なく示しているように、以前アル=カイダだった人物が「穏健派」で「トリポリの我々の味方」となり、今やリビアでのISIS脅威のリーダーだ。そしてシリアでは「我々の友達」が我々の敵となった。これらのことで驚くものは誰もいないはずだ。でも多分ジョン・マッケインは彼の長期にわたるベルハジとシリアの「穏健派」との付き合いについて疑問に答えたいのではないか。オバマは彼のリビアへの「人道的介入」がなぜこの国にとって、そしてこの地域全体の人道的悪夢になってしまったのかを説明しないのか?これらの全ての作戦に広範に関わってきたCIAは、誰を実際支援し、この無秩序状態を作り出すのにどのような役割を担ってきたのか一切を白状しないのか?
このような質問が企業メディアの口から発せられるとは思えない。これらの破滅的状況を生むに至った決断を下した米政府の者たちが、これらの問いに答えを与えることもありえないように。だから、企業プロパガンダ集合体の外にいる我々こそが答えを要求し、権力層が我々の声や..真実を抑圧することのないように求めるべきであろう。


Eric Draitser is an independent geopolitical analyst based in New York City, he is the founder of StopImperialism.org and OP-ed columnist for RT, exclusively for the online magazine “New Eastern Outlook”.

2015年7月30日木曜日

米国がシリアとイラクのISIS勃興をどのように煽ったか、事実がついに露呈

以下はガーデイアン(電子版)に2015年6月4日(木)に掲載されたシューマス・ミルンの記事 
'Now the truth emerges: how the US fuelled the rise of Isis in Syria and Iraq' Seumas Milne 4 June 2015
を訳したものです。(アクセス 2015年7月27日)(タイトル訳:投稿題名)
 

この宗教派閥テロ集団は、もともとそれを生み出した西欧諸国によって打ち負かされることはない。




検察側は告訴を放棄したが、これは諜報局を困惑させるのを避ける為であったようだ。英国自体がそのシリアの反政府武装勢力に「広範囲な支援」をしている証拠が山ほどあるのに、この裁判を推し進めることは「正義からの乖離」となるであろうと弁護士は主張した。

それらの支援は政府が誇る「非致死性援助」(防護服や軍用車両を含む)だけでなく、訓練、後方支援そして極秘の「大量の武器」供給をも含む。2012年にガダフィ政権が崩壊した後に、リビアの貯蔵武器をシリアの反乱勢力に移動する「秘密経路」でMI6がCIAと協力していたという報告が引用された。自国の大臣や安全保障当局者自身がやっていることをした罪で誰かを刑務所に送ることのばかばかしさに耐えられなくなったことは明白だ。しかしこれは一連の似たような件の一番最近のものであるに過ぎない。

より運が悪かったのは、この件よりも2週間前に、2007年に英米軍のイラク占領に対する抵抗運動参加したという罪で終身刑を言い渡されたアニス・サルダールというロンドンのタクシードライバーだ。不法な侵略と占領に対する武装反抗がジュネーブ条約などの殆どの定義でテロリズムと殺人に該当しないことは明らかだ。しかしテロリズムは今や全く見る人次第だ。そして中東ほどそれが顕著である場所はない。今日のテロリストは明日の独裁に対する戦士に、そして同盟から敵へ、欧米の政策立案者の電話会議での唖然とするような思いつきに左右されることが多い。

この一年間、米国、英国その他の西欧諸国軍は過激宗派主義テログループ「イスラム国」(以前はイラクのアル=カイダとして知られていた)を破壊する目的を掲げてイラクに戻っている。これはISISがイラクとシリアの領土の広大な領域を制圧し、自称イスラム・カリフを宣言してからだ。しかしこの軍事作戦はうまくいっていない。先月ISISはイラクの都市ラマディになだれ込み、同時に今や存在しない国境の向こう側でシリアの町パルミラを征服した。アル=カイダの公式フランチャイズであるヌスラ戦線もシリアで勢力を増長している。

何人かのイラク人は米国がこれらが起こっているときに何をする気もなかったと不満を述べた。アメリカ人たちは、彼らは一般市民に死傷者を出すことを避けようとしており、顕著な効果があったと主張した。内輪では、当局者たちは宗派間の戦争でスンニ派の拠点を攻撃していると見られることによって湾岸のスンニ派同盟諸国を怒らせるリスクを負いたくないと言っていた。

何故このようになったかが最近機密解除された2012年8月に書かれた秘密諜報レポートによって明るみになった。このレポートは「サラフィスト統治国」が東シリアに、そしてアル=カイダが支配するイスラム国家がシリアとイラクに興る可能性を不気味にも予測しており、それを実質的に歓迎している。当時欧米が主張していたこととは全く異なり、この国防情報局の文書はイラクのアル=カイダ(後にISISとなる)とその仲間のサラフィストが「シリアでの反政府暴動の主動力」として挙げられている。そして「西欧諸国と湾岸諸国、そしてトルコ」が反政府勢力がシリア東部を制圧する動きを支援していると記している。

その国防総省のレポートはさらに、「宣言された、または宣言なしのサラフィスト統治国が打ち立てられる可能性」について提起し、「これこそが正に反対勢力の支援諸国がシーア派拡張(イラクとイラン)の戦略的深層と見なされるシリア政権を孤立させるために望むことである」と続けた。

これは2年後に起こったことと完全に一致している。このレポートは政策文書ではない。かなりの部分が編集されており、言葉も曖昧なところがいくつかあるが、その意味するところは十分にはっきりしている。シリアの反乱が一年経ったころ、米国とその同盟国らは過激な宗派グループに支配されていることがわかっている反対派勢力を支援し、武器を与えていただけでなく、シリアを弱体化させるためのスンニ派の緩衝地帯として、ある種の「イスラム国」設立を容認する用意があったということだ。それがイラクの統一に「重大な危機」をもたらすにもかかわらずである。

このことは米国がISISを創設したという意味ではもちろんないが、副大統領のジョー・バイデンも昨年認めたように、湾岸の同盟諸国が役割を果たしたことは確実だ。しかし、米国と英国が侵攻するまでイラクにアル=カイダは存在していなかった。そして米国は欧米の支配を保つためのより広範な活動の一環としてこの地域でのISISの他の勢力に対峙する存在を悪用したのは確かだ。

この計算はISISが西欧人を斬首し残虐行為をインターネット上に投稿し始め、そして湾岸諸国がシリア戦争においてヌスラ戦線などの別のグループを支援することになったことで変わった。しかし、このように米国と西洋諸国が聖戦主義グループを常用し、それが後で災いとなって戻ってくるパターンは少なくとも1980年代のアフガニスタンでの対ソ連戦争までさかのぼる。このときアル=カイダの原型がCIAの指導のもとに発展した。これはイラク占領下でぺトレイアス大将率いる米軍が、イラクの抵抗を弱めるためにエル・サルバドル型の派閥暗殺部隊による汚い戦争を後援したときに再調整された。そして2011年のNATO主導のリビアでの戦争でも再現された。ここでは先週ガダフィの故郷であるシルテをISISが掌握した。

実際、米国と西欧の現在災禍にある中東での政策は典型的な帝国の分断統治の形である。アメリカ軍はシリアで一組の反乱軍を爆撃すると同時に別の反乱軍を支援し、イラクではイランとISISに対する実質的な共同軍事作戦を行い、イエメンではイランに後援されているホーシ勢力に対するサウジアラビアの軍事作戦を支援している。たとえ米国の政策が往々にして混乱しているとしても、弱体化し、分割されたイラクとシリアは、このようなやり方に完全に一致しているのだ。

ここで明らかなのは、ISISとその怪物たちは彼らをイラクとシリアに最初にもたらし、また、それ以来公の、または極秘の戦争を起こしてISISを増長させてきたその同じ列強国によって打ち負かされることはないということだ。西欧の終わりのない中東への軍事介入は破壊と分断のみをもたらした。この病を癒すことができるのは、この地域に住む人々であって、そのウィルスを培養した者ではない。

2015年2月9日月曜日

有罪判決を受けた犯罪者がシリアで「自由の戦士」に:サウジ、パキスタン、イラクの囚人がアルカイダ兵団につぎ込まれている

以下はグローバルリサーチに2015年2月8日(2014年2月16日の記事を再掲載)のミシェル・チョスドフスキー教授による文章を訳したものです。

Convicted Criminals Serve as “Freedom Fighters” in Syria: Saudi, Pakistani and Iraqi Prison Inmates Replenish Al Qaeda Ranks

http://www.globalresearch.ca/convicted-criminals-serve-as-freedom-fighters-in-syria-saudi-pakistani-and-iraqi-prison-inmates-replenish-al-qaeda-ranks/5369055 (アクセス 2015年2月8日)


この文章は最初2014年2月16日に掲載された。

イラクで数百の有罪判決を受けた犯罪者らが警備の行き届いた刑務所から逃亡し、最近イラクとシリアのイスラム国(ISIS)とアルカイダ系反乱勢力のヌスラ戦線に参加した。

ニューヨークタイムス(NYT)によると、「この脱獄は武装グループ、特にイラクとシリアのイスラム国(ISIS)が熟練した戦闘員への需要を急激に増していることを反映している。そのような戦闘員が大勢ひとところに集められているところ、といえばイラクの囚人部屋だ。」(テイム・アランゴ、エリック・シュミット, イラクから逃亡した囚人がシリア反乱を激化させている、NYT, 2014年2月12日):

「米当局者は数百名の脱獄囚がイラクとシリアのイスラム国に参加し、その中の数名が上位の指導的地位に着いているとみている。」

ニューヨークタイムスで認められているように、脱獄囚はシリア反乱軍で戦うジハーディスト補充の一部をなしている。しかしここで触れられていないのは、その傭兵動員の調整がNATO、トルコ、サウジアラビア、カタールによってオバマ政権に支援されてつつ行われている、ということだ。

それだけでなく、殆どのアルカイダ系武装勢力はCIA、モサド、英国のMI6を含む西欧の情報機関に極秘で援助されていることは知られており記録もされている。

イラクでの脱獄は2012年7月にISISが立ち上げて「壁破壊作戦」と名づけた企画活動の一部である。ニューヨークタイムズで引用されたテロ対策担当官が認めたように、「集団で数十年の実戦経験を持つこれらのテロリストがなだれ込んだことがこの武装団を強め、指導者層も増した模様だ。」

それらの刑務所にいた米駐留軍と軍関係者はこの脱獄を見て見ぬふりをした。

アブーアイシャは初め米側に逮捕され、その後2008年にイラク南部にある悪名高い米監獄、ブッカ収容所から釈放された。彼は2010年にイラク側に再逮捕された。「ついにアブ・ガリブに入れられた。そこでは自分の知っているアルカイダの王子たちを含むイラク人、アラブ人そして他の国からの指導者や戦闘員たちと再会した。」と彼は述べた。「それらの殆どはブッカにもいたことがある。」
昨年の夏のある夜、アブー・アイシャが彼の独房で他の日と同じようにその日も処刑される日を待っていた。そのとき爆発と銃声が起こり、よく知っている看守が彼の独房のドアを開け、直ちに出て行けと告げた。アブー・アイシャは他の数百の者らと監獄の通路を走りぬけ、 壁に爆破によって作ってあった穴を抜けて逃げた。待っていたKIAトラックに飛び乗って自由の身となり、そして戦場に戻された。イラクとシリアのイスラム国(ISIS)のリーダーたちは彼に選択肢を与えた。ここを去って彼らとシリアで戦うかとどまってイラクで戦うかだ、とアブー・アイシャは述べた。(上記NYTから抜粋。強調は著者による)


企画調整されたプログラム:サウジアラビア


最近の脱獄は注意深く計画された米軍とイラク監獄職員の共謀を必要とする極秘作戦 の特徴を備えている。脱獄はイラクに限ったことではない。聖戦主義反乱軍に加わるための計画的脱獄はいくつかの国々で同時に起こっており、企画調整された人員動員プログラムが存在することを示している。

サウジアラビアは米政府に代わってこれらの聖戦主義者らに武器(対空ミサイルを含む)を流す中心的な役を担っており、王国の監獄からの傭兵リクルートにも積極的に関わってきた。

ただ、サウジアラビアでは脱獄は行われない。刑に服している犯罪者らはシリアでの聖戦に加わることを条件に王国の刑務所から釈放される。サウジアラビアの内務省から送られた極秘覚書は「斬首による処刑を言い渡された死刑囚らが減刑と引き換えに、シリア政府に対する聖戦を行うためにシリアに送られたことを暴露した。」

2012年4月17日の覚書によれば、サウジアラビアは「シリアで聖戦をするための訓練」と引き換えに「完全赦免と王国にとどまる家族への月給を提供」して1200もの囚人をリクルートした。

サウジアラビアの刑務所から釈放されてリクルートされたものにはイエメン、パレスチナ、サウジアラビア、スーダン、シリア、ヨルダン、ソマリア、アフガニスタン、エジプト、パキスタン、イラク、クエートからの囚人がいる。

「有罪判決を受けた犯罪者」から「自由の戦士」へ
欧米の軍事同盟はテロリスト反乱軍を支援し、資金を与えているだけではなく高性能兵器システムも供給しており、そしてまた有罪判決を受けた犯罪者のリクルートにも加担している。

問題は脱獄・釈放、傭兵リクルート、「自由戦士」の訓練、そして反乱軍への兵器の調達と配送を含む連続した段取りが組まれていることだ。

1.有罪判決を受けた犯罪者と戦闘員の刑務所からの釈放または逃亡
2.釈放・逃亡した囚人をシリア反乱軍編隊に補充
3.釈放・逃亡した囚人に適切な準軍事訓練。例:サウジとカタールでのトレーニングプログラムには 宗教教化も含まれている。
4.新たに訓練された聖戦主義反乱軍兵士を戦場に派遣する。もと囚人らはシリアに送られて反乱軍に加わる。彼らは傭兵としてアルカイダ系の軍のひとつに組み込まれる。
5.新たに訓練された傭兵を軍事装備(サウジアラビア、トルコ、カタールなど)し、武器注入に資金を出している米政府に代わって反乱軍に軍用装備品を調達し配送する

囚人の反乱軍補充は進行中のプロセスの一部

2013年夏にリビア、パキスタン、イラクで起こった脱獄 は注意深く企画調整されたプログラムに見える。NYTで報告されたものはそれ以前の脱獄プロジェクトの延長である。

2013年7月23日にアブグレイブとタジ刑務所が綿密に行われた作戦によって侵入され、500人から1000人の囚人が逃亡した。それらのほとんどはISISの編隊に補充された。

その攻撃はイラクとレバントのイスラム国のために数ヶ月の準備後に実行に移された模様だ。このグループはシリアとイラクでアルカイダ系のグループが統合されたものだ。500人から1000人の囚人がこの襲撃によって逃亡し、「その殆どが有罪判決を受けたアルカイダの上層メンバーで死刑判決を受けていたものだ、」と議会の安全と防衛委員会の上級メンバーのハキム・ザミリは述べた。日曜の夜バグダッドの郊外で自爆攻撃者らが爆発物を積んだ車で刑務所の門に侵入し、同時に武装した男たちが耐火モルタルと携行式ロケット弾で看守を攻撃した。(ロシア・トゥデイ、2013年)

7月26日土曜日リビアのベンガジにある重警備刑務所でイラクで起こったものと殆ど同じ脱獄が起こった。

刑務所内で暴動があり、火が放たれた。突然武装した男らが刑務所の上に群がり、発砲した。約1200人のリビアで最も凶悪な囚人が逃亡した。(ペレグリノ・ブリマー、オバマのシリアでの終盤戦:新しいアルカイダの「採用人員」がシリアに派遣、グローバルリサーチ、2013年9月4日、強調は著者による)

そして7月29日から30日にかけて夜中:

ロケット発射装置を持ったタリバンの武装した男たちと警察のユニフォームを着た自爆攻撃者たちがパキスタン南部の州にあるデラ・イスマイル・カーン最大の刑務所を攻撃し、300人以上の囚人が解き放たれた。携行式ロケット弾を持ち、よく統制が取れていた。彼らはタリバンの最も凶暴な人物を含む過激派の最高位の者らを解放した。彼らは拡声器を使って必要とする人物の名前を告知した。職員(ロイター)によれば、この破滅的な夜、当番の看守200人中たった70人しか職場にいなかった。このことはより高レベルでの保安と政府の関与を暗示している。(強調は著者による)


2015年1月27日火曜日

米国はISILに寝返るであろう5000人に上る戦闘員を養成している

以下はオンライン誌ニュー・イースターン・アウトルックに2015年1月16日に掲載されたトニー・カルタルッチの US is Preparing up to 5k Militants That Would Flee to ISILの訳です。

Tony Cartalucci
First appeared:
http://journal-neo.org/2015/01/16/us-is-preparing-up-to-5k-militants-that-would-flee-to-isil/

16.01.2015 (アクセス1月24日)




近頃欧米のメデイアの片隅に、3000人あまりの自由シリア軍「穏健派反政府勢力」 が「イスラム国」(ISIS)に寝返ったという報道があった。いわゆる「穏健派」が公然とアルカイダまたはISISに転向するのはこれが初めてではないが、今回のはいままであったなかでも特に規模が大きいもののひとつだ。


サウジアラビア、カタール、アメリカ、イギリス、そして中でもとりわけ皮肉なのは最近テロ攻撃のあったフランスらによってこれらの3000人に与えられてき た武器、現金、装備そして訓練が彼らと共に「イスラム国」に渡ることとなる。この裏で行われている「テロ・ローンダリング」ネットワークの規模は大きくな る一方であり、ISISとアルカイダの兵員数は膨張し続けているのだ。

こ の陰謀はピューリッツァー賞を受賞したセイモア・ハーシュの2007年の記事「方向転化:政府の新しい方針は対テロ戦争で敵を利するものか(The Redirection: Is the Afdministration's new policy benefiting our enemies in the war on terrorism?)」によって暴露されて人々の知るところとなった。この記事は米国とその地域の同盟国らがアルカイダや他の過激派を使ってイラン、シ リアそしてレバノンのヒズボッラーへの代理戦争を仕掛けようとしているというものだ。この陰謀は現在ISISという形で明らかに具現されている。ISIS に対する見せ掛けの軍事作戦で主にシリアの石油施設を標的にしているが、ISISの兵力の真の源であるNATO領域内のトルコは無傷のままで放っておかれている。さらに、大量の現金、武器そして援助物資がいわゆる「穏健派」が御旗の下に移行することによってISIS兵団になだれ込んでいる。

こ の旅団規模の離脱が起こる前に、その他のいくつかの「審査された穏健派の反乱軍」グループ、特に米国から武器を供与されたものらは公にアルカイダに忠誠を 誓っていた。最も悪名高き事件は、米国から対戦車TOWミサイルを供与されていたテログループのハラカット・ハズムがアルカイダのシリアでのフランチャイ ズで米国務省が外国テロ団体のリストに乗せているアル・ヌスラに公に忠誠を誓ったことだ。

アル・ヌスラはTOWミサイルを手中に収めシリアのイドリブ県での成功裏に終わった軍事作戦でそれを使用したとされている。

デイリービーストは2014年9月の記事「アルカイダのシリアでの策謀者が’失踪’と米スパイ述べる(Al Qaeda Plotters in Syria 'Went Dark,' U.S. Spies Say)」で以下の報告をした。

以前米国に支援を受けていたシリア反乱軍のひとつは火曜日の空爆を非難した。春に米国から対戦車兵器の積荷を受け取った反乱軍ハラカット・ハズムはその空爆 を「国家主権への攻撃」と言い、外国が主導する攻撃はアサド政権を強化するだけだと非難した。この声明はインターネット上で流布されたグループのものとさ れる文書に基づいており、シリア紛争モニターというトゥイッターアカウントにその英訳が投稿されている。ブルッキングスのドーハセンター、チャールス・ リスターなどのシリア専門家数人は、この文書が本物と信じている。

こ の正式な声明がなされる以前にハラカット・ハズムには米国のパートナーという役割と相克をきたす同盟関係をシリアで結んでいた形跡がある。9月の初旬にハ ラカット・ハズムの要員はL.A.タイムス紙のレポーターに、「シリア内では我々は世俗主義者というラベルを貼られ、ヌスラ戦線が我々に戦闘を仕掛けてく ることを恐れているとされている..しかしヌスラが我々と戦うことはない。実際、我々は彼らと共に戦っているのだ。我々はヌスラが好きだ。」と語った。 (デイリービースト紙)
  
このグループは後、欧米の新聞でアルカイダに「降伏した」と報告された。インターナショナル・ビジネスタイム紙は「シリア:アル・ヌスラ聖戦主義者らが’米国のTOW対戦車ミサイル’を穏健派反体制勢力から捕獲」という記事の中で次のように述べた。

米国がシリアの穏健派に供与した武器は、対抗するグループ間(穏健派とアルカイダと連携する聖戦主義過激派)の衝突後に後者の手に落ちたと懸念される。

アル・ヌスラ戦線のイスラム主義戦闘員は、その週末、米国が支援するシリア革命戦線(SFR)とハラカット・ハズムを完敗させて、イドリブ県のジャバル・アル・ザウィヤの広大な領土を掌握した、と活動家は述べた。


米政府はSFRとハラカット・ハズムがISIS(イスラム国)過激派にシリアの地上で対抗し、米の空爆を補足することに依存していた。(インターナショナルビジネス紙)  
                                                           
しかしハラカット・ハズムの「降伏」は明らかに、アル・ヌスラとの強まる同盟関係の単なる仕上げでしかない。

米国はまた別の旅団をISISのために準備

「穏健派」がISIS兵団に加わることが避けられない運命のように見え、米国の兵器がアルカイダの手に落ち、全旅団規模の離脱が行われているときに、世間が最 も考えられないと思うのは米国がまた別の旅団サイズの軍団に武器を与え、資金を供給し、訓練を行ってからシリア国内で野放しにすることではないだろうか。 しかし、それこそが米国が計画していることなのだ。

スターズ・アンド・ストライプ(星条旗)紙は「米国がシリアの反乱軍をトルコで訓練するという合意に達した(Agreement reached for US to train Syrian rebels in Turkey)」という記事で以下の報告をした。

当局者は、初期段階の訓練で約一年内に5000人の熟練した自由シリア軍兵士を養成すると述べた。サウジアラビアは9月に、シリアとイラクの領域を支配しているイスラム国武装勢力と戦う米国の戦略を支援するために穏健派シリア反乱軍の訓練を主催することに同意した。

米国の自由シリア軍への支援は米国がシリアでより大きな介入をすることを支持する者たちから、とぎれとぎれであることを批判されてきた。そしてここ数週間で自由シリア軍は他の反乱軍でアルカイダと連携するヌスラ戦線の兵員に侵略され基地から追放されて敗北を喫した。

ただ、この「自由シリア軍」は先ほども記したように、アル・ヌスラに侵略されて追放されたのではなく、これらのグループの多くは長期にわたって続いているアルカイダ下部組織との同盟の一部をなしており、欧米からの武器、現金、訓練ごと持っていったことで、それが単に公になっただけだ。
米国が説得力のある反証を提示することは、2007年の時点ですでにアメリカがアルカイダを代理軍隊として使用することを望んでいたと暴露され、知られていること から不可能である。ハラカット・ハズムが米国の供与した対戦車TOWミサイルをアルカイダに受け渡し、今やいわゆる「自由シリア軍」戦闘員が旅団丸ごと規 模でISISに転向する。アメリカがこの春から訓練を始める予定の新しい旅団には「大惨事」以外に何が降りかかるというのだろうか。

こ れらの戦闘員たち、そして彼らの援助物資と武器は不可避的にISISとアル・ヌスラの御旗のもとに集結されることになる。テロリズムがシリアで増大してい るのはISISが油田と人質の身代金を支配しているからではない。それは米国とそのパートナーらが意図的に何千もの訓練された戦闘員と兵器と何十億ドルも の現金と装備品その他の援助物資をその胃袋に流し込み続けているからだ。

こ れらのテロリストがヨーロッパとアメリカに浸透し始めれば、シリアでのこの巨大なテロリスト事業を意図的に作り出すことに加担した利害関係を同じくする 面々は、自国にある残り少ない文明が廃絶されることを嘆くだろう。彼らが他国で狡猾にそして意図的に文明を破壊したあとで。

2014年6月21日土曜日

ガダフィは抗議者を殺せという命令などしていない

以下はウィキスプークスのムアンマール・ガダフィのページ
GADDAFI 'DID NOT KILL PROTESTERS' の訳です。
(https://wikispooks.com/wiki/Muammar_Gaddafi#Gaddafi_.27did_not_kill_protesters.27)

ガダフィは「抗議者を殺さなかった」

2014年5月に報道されたBSニュース「ガダフィは抗議者たちを殺していない、リビアの虚偽の革命代表が認める」という見出しの記事で、ベンガジの
国民暫定評議会(NTC) 議長ムスタファ・アブドル・ジャリルが2011年に以下の点を認めたとある。


「ガダフィ大佐はリビアの虚偽の革命の引き金となった銃撃を命令していない。リビアが崩壊した現在、ジャリルはリビアのチャンネル・ワンで、国連とNATOのリビア攻撃理由となったベンガジでの抗議者殺害は、リビア人ではないスパイや傭兵グループによるものだったことを世界に認めた。彼はその時点で事実を知っていたが、リビア政府を倒し、国家を分断させるためにそれが行われたことを認めた。彼は事前にこのことが起きるという説明を受けていた。そしてリビアの人々は死んだ抗議者らの身元を確認することができなかった。なぜなら彼らは民間人の服を着ており、リビア人の親族も友人もいなかったので葬儀にはだれも来なかったからだ。」

私たちが2011年の2月から主張しているように、いわゆるリビア革命は敵[第三者]になりすまして行われる軍事作戦であった。リビアの人々の大多数は幸福で「安全」であったのだ。イスラム教原理主義団体はリビアでは違法であった。いまやリビアはイスラム教原理主義者団体によって支配されている (アル・カイダ、リビア・イスラム闘争グループ、ムスリム同胞団、アンサル・アル・シャリア その他)。国は崩壊し、安全保障は存在せず、数千人が違法に刑務所に入れられ、数百人が拷問によって死亡した。政府はなく、石油の販売もなく、2百万人が亡命している。精神病質者が国家をのっとっていて国境も政府もない「グレー国家」とみなされるに至った。

というわけで、バラク・オバマ、CIA, デイビッド・キャメロン、NATOそして国連の皆様方、
リビアの無辜の市民を守ってくれなくて感謝の言葉もございません。

2013年12月26日木曜日

パンナム103便爆破事件(ロッカビー事件)25周年追悼式

1988年12月21日にヒースロー空港を離陸してニューヨークに向かうパンナム103便がスコットランド地方のロッカビー上空で爆破し乗員乗客全員259名とロッカビー住人11名が死亡したこの事件からすでに25年が過ぎた。先週土曜日12月21日には追悼式典がロッカビー、アメリカのワシントンDC近辺のアーリントン国立墓地そしてロンドンのウェストミンスター寺院で行われた。

被害者の多くはクリスマス前に帰郷するアメリカ人であった。アメリカ側の被害者遺族の多くがスコットランド法に基づく特別法廷で2001年に有罪判決を受けたリビアのアブデルバセット・アル・メグラヒの犯行という公式の見解を受け入れているのに対してイギリス側の被害者遺族のなかにはこれに異を唱えるものがいる。その代表は娘のフローラ(当時23歳)を喪った医師のジム・スワイア氏である。

ウェストミンスター寺院で追悼の辞を述べたスワイア氏はこの悲劇の真相は未だに明らかにされておらず、アメリカとイギリス政府がこの事件について持っている情報の全てを公開することを要求している。有罪判決を受けたメグラヒは終身刑を言い渡され、2009年に末期の前立腺がんを患っていることから人道的措置として釈放され、リビアで昨年5月に亡くなった。このリビアへの身柄引き渡しはメグラヒが控訴を取り下げたことによって可能になった。メグラヒと面談したこともあるスワイア氏は彼の無実を確信しており、彼が亡くなった時点では友人と呼べる存在であったと述べた。

スワイア氏はイギリス政府による公式調査を要求し続けているが25年たってもこの要求が通らないようならば欧州裁判所に自国政府が人権法の規定する義務を怠ったとして訴えることも考慮していると語った。また、メグラヒの家族とスワイア氏を初めとするロッカビー活動家は、メグラヒ有罪判決に対する死後控訴の可能性も探っており、2014年にスコットランド刑事事件再審委員会(SCCRC)に控訴申請をする予定である。

もしこれが許可されればメグラヒにとって3度目の控訴審となる。2001年の判決ではフランクフルトからロンドンへ向かう(パンナム103便への)フィーダー便にメグラヒがマルタでスーツケースの中の爆発物を積み込んだとされているが、スワイア氏らはこれはヒースロー空港で積荷されたものだと主張している。

(スコッツマン紙 2013年12月18日より)
http://www.scotsman.com/news/scotland/top-stories/lockerbie-campaigners-to-launch-new-megrahi-appeal-1-3236964



2013年12月22日日曜日

追悼 元国際ルワンダ戦犯法廷調査官マイケル・ホーリガン氏逝く

南オーストラリア州アデレードの弁護士マイケル・ホーリガン氏が12月の初めに脳溢血によって55歳の若さで亡くなった。ホーリガン氏はルワンダでの戦争犯罪、イラクのアブグレイブ刑務所での虐待事件そしてルーマニアでの児童奴隷について調査を行うなど国際人権活動家として優れた業績を持つ。そのなかでも特筆すべきは、ルワンダ虐殺の引き金となったといわれる94年4月6日のロケットミサイルによる大統領搭乗機の撃墜に関する捜査であろう。

アデレードで警察刑事、そして公訴局長官(検察局)検察官の職を経て1996年に国際ルワンダ戦犯法廷(ICTR)調査員に就任。ルワンダに到着後20人のメンバーを持つ「国内チーム」のリーダーとなった。この法廷の調査対象期間は1994年の1月1日から12月31日であり、当時の検察長官リチャード・ゴールドストーンらの指示でチームの捜査は以下の点に焦点を置くとされた。
1.セオネステ・バゴソラ大佐の犯罪行為
2.アナトール・ンセンギユムヴァ大佐の犯罪行為
3.虐殺初期に大統領府が行った数千人に及ぶルワンダ人エリートの殺害
4.1994年4月6日の飛行機撃墜で大統領ハビヤリマナその他搭乗者が死亡した事件

1997年初旬にナショナルチームは3人の情報提供者(元または現ルワンダ愛国戦線のメンバー)が直接ハビヤリマナ大統領の乗る飛行機のロケット弾による攻撃に関与したという証言を得た。彼らの証拠はカガメ大統領とその政権・軍の人員が直接この件に関与したことを明示していた。これらの情報提供者はまた、カガメ政権が国外に住むの著名なルワンダ人を暗殺する極秘作戦を行っているとも述べた。そのような暗殺標的となった例として元内政大臣のセス・セダションガの名が挙げられた。

 
   
このような機密情報を得たホーリガンは直ちに指揮官のジム・リヨンに報告すると同時にヘイグにいるルイーズ・アルブール検察長官に米大使館の(盗聴防止コード化)電話を使って詳しく報告した。(アルブール判事はゴールドストーン判事の後任として96年9月に検察長官に就任。ヘイグの旧ユーゴスラビア戦犯法廷の検察長官も兼ねていた。)アルブール判事は大統領飛行機撃墜捜査に大きな展開があったことを喜んでいるようであった。

その翌週ホーリガンはヘイグに飛んでアルブール判事と直接会談し、国内チーム調査覚書としてその機密情報を提出した。アルブール判事は電話で話したときとは違って情報源とその信憑性について疑問を呈した後、国内チームが大統領撃墜捜査を打ち切ることを命じた。チームの任務は虐殺について捜査することであり、それは飛行機墜落の「後に」始まったので墜落事件はチームの任務外だ、というのがその理由だった。

この発言にショックを受けたホーリガンは法廷の対象期間が94年のすべてをカバーすることや、法廷規約に「テロリズム」と「殺人」に関する条項があること、そしてなによりも、以前彼がアルブール判事にチームの捜査状況を説明したときにいちども飛行機撃墜が任務外であると言われなかったことを訴えた。

アルブール判事は、(国内チームに)飛行機撃墜の捜査を終わらせる指示をする彼女の権威に異議があるのかときつい調子で尋ねた。ホーリガンは彼女の権威に疑問があるのではなく判断に疑問をもったのだと言い、彼は判事に仕える身であってその指示に従うと述べた。

キガリに戻って少ししてからホーリガンは国際ルアンダ戦犯法廷の仕事を辞任した。国内チームはそれによって解散し、飛行機撃墜の捜査は打ち切りとなった。

ホーリガンは、国連の幹部または外部の誰かがアルブール検察長官に圧力をかけて大統領機撃墜の捜査を終わらせたのではないか、と2006年の宣誓口述書で述べている。
http://www.theage.com.au/articles/2007/02/09/1170524298439.html


彼の死はジャーナリストのアン・ギャリソンとロビン・フィルポットが追悼文を出した以外オーストラリアのタブロイド紙が二週間後に死亡記事を載たくらいで殆どメデイアで取り上げられていない。http://www.anngarrison.com/audio/2013/12/09/477/Legacies-Michael-Hourigan-and-the-ICTR






 

2012年12月29日土曜日

国連専門家グループ 2012年コンゴ最終レポート

今年11月15日にコンゴ民主共和国に関する専門家グループの最終報告書が提出されました。以下はその要旨(Executive Summary) を訳したものです。

http://www.un.org/sc/committees/1533/egroup.shtml

要旨

コンゴ民主共和国の東部では複数の国内外武装勢力による惨禍が続いている。

2012年前期に人民防衛国民会議(CNDP)の元メンバーらが反乱を起こし、その後3月23日運動(M23)を結成して以来この地域はさらに不安定化している。

反乱軍は2012年7月に外国からの広範な支援を受けて支配をルシュル地区にまで拡大した。そして非公式の停戦を利用して各地での同盟と司令代理作戦を拡大した。

ルワンダ政府は武器禁輸を破ってM23反乱軍に対する新兵徴募やコンゴ民主共和国軍からの脱走を奨励推進、また武器弾薬、諜報、政治的助言を与えるなど直接軍事援助を行い続けている。

M23の事実上の指揮系統はボスコ・ンタガンダ大佐を含み、ルワンダ国防大臣ジェームス・カバレベ大佐に至る。

中間報告書の補遺(S/2012/348/Add.1)公表に伴い当(国連専門家)グループはルワンダ政府と会見し、その文書による返答を考慮に入れたが、先の調査結果の変更を必要とするような実質的な要素はなかった。

ウガンダ政府高官もまたM23にコンゴ国境内での直接的な軍の増援、兵器の搬送、技術援助、共同計画、政治的助言、対外交渉の斡旋といった援助を与えている。

ウガンダ人民防衛軍とルアンダ国防軍は合同でM23が2012年7月にルシュル地区の主要な町とルマンガボのコンゴ軍基地を数回にわたって攻撃する援助をした。

両政府はまた協力してM23の政治部の設立と展開を支援し、一貫して反乱軍を擁護している。

M23とその同盟者には制裁対象となっている者が6人がおり、そのうちの数人はルワンダがウガンダに住んでいるか定期的にそれらの国を訪れている。

M23は正式な前線における戦闘の一時停止を利用してキヴ(3州)、イトリ地域、西カサイ州の各地で他の武装集団との同盟関係構築を進めた。スルタニ・マケンガ将軍はM23と同盟関係を結んだ武装集団との取りまとめ役として頭角を現した。

彼は8月と9月にライア・ムトンボキが民族的動機に基づく残虐な攻撃を仕掛けるよう命令した。マシシ地域のコンゴ・フツ人社会はその民兵がM23側につくことを拒否し、ライア・ムトンボキによって800の家が焼かれ市民数百人が殺された。

武装集団とりわけM23による少年兵の動員と徴兵が増えた。過去に子供を動員したことのある数人のM23司令官が数百人の少年少女の入隊と訓練を監督していた。その上M23の司令官の何人かは新兵と戦争捕虜の超法規的処刑をも命じている。

イトゥリのヘマとレンドゥ系武装集団と南キヴのバニヤムレンゲ団体と共同戦線を張ろうというM23の数々の試みは大きな抵抗にあった。コンゴ民主共和国政府はそのようなM23の同盟拡張の試みに対抗するべく主にイトゥリとマシシ地域の武装集団の統合過程を推し進めた。

ルワンダ開放民主軍(FDLR)は以前よりも人員が減り、市民に対する人権侵害を続けているが外部の支援からはさらに隔離されており、コンゴ軍とM23の同盟軍からの攻撃を受けて自衛に集中している。

FDLR の下級士官らはM23に対峙するコンゴ民主共和国政府側につくことを求め、コンゴ軍内の犯罪ネットワークも同時に少量の弾薬をその反逆者たちに売り続けている。しかしFDLRと政府が戦略上の協力をしているという証拠はない。

ブルンジの反政府グループのなかでは解放のための国民軍(FNL)が分裂状態のままであり地元のコンゴ武装集団に依存しているのに対しブルンジ革命国民戦線はムルンディ人民戦線へと変化して南キヴのM23と同盟を結んだ。

ウガンダ主導の民主軍連合は軍事力を増し、東アフリカのアル・シャバーブネットワークと連携している。

コンゴ軍は資源の支配と武装集団からの象牙密売を含む禁制品によって高官の収益を上げる犯罪ネットワークに蝕まれ続けている。

 地上部隊の司令官ガブリエル・アミシ大将は狩猟用銃弾を密猟者と武装集団に分配するネットワークを監督しており、ライア・ムトンボキもそのような武装集団のひとつである。武装解除と備蓄品管理はM23に関連した需要の増大によって効果が損なわれている。小型武器の市場価格が4倍に跳ね上がったからである。

コンゴ民主共和国政府は国連と経済協力開発機構のガイドラインに沿って鉱物輸出業者が適正調査を行う義務を負っているが、2011年にタグ付けが導入された北カタンガをのぞくコンゴ東部からのすべての錫、タンタル、タングステン輸出については、この履行がほとんど中止状態にある。ブルンディとルワンダ両国への密輸出が増加している。

ルワンダでの鉱物タグシステムはコンゴの鉱物が「洗浄」されるために、その信頼性は完全に損なわれてしまった。鉱業協同組合が恒常的にタグを売っているからである。貿易業者のいくつかはコンゴの鉱物のルワンダ密輸による利益を用いてM23の資金調達に貢献している。

キヴ(3州)での錫鉱石産出量は減少したのに対しタンタルとタングステン鉱石産出量は国際的な追跡可能性要求に対して抵抗力を見せてきた。これらの鉱物はより簡単に密輸出ができるからである。ルワンダのタンタルとタングステン輸出は2012年度にこれと対応する増加を見せ、錫の輸出は減少した。

全体的な価格と産出量の減少は採掘地帯の幾つかに社会経済的な悪化をもたらした。しかし鉱業地域の人々が他の経済分野に対応したことで新たな商業の機会が生み出された。主要な錫とタンタル採掘地域のほとんどで治安が改善され、それが紛争資金調達の減少と文民機関や非政府団体による管理と監視の強化につながった。
 
武装集団、コンゴ軍内の犯罪ネッワークと鉱物採掘者は適正調査義務が取引に影響しない状況下では簡単に金鉱に移行することができる。

コンゴ民主共和国東部で採掘された金は殆ど全てが国外に密輸され、カンパラとブジュンブラの大手貿易業者の数々が一年に数トン米数億ドル相当を船で出荷している。

コンゴの金のほとんどはアラブ首長国連合で精錬されて宝石商に売られる。安全保障理事会が課した資産凍結は制裁を受けたマチャンガ社の元経営者の運営を制限するものではない。この人物は他のトンネル会社数社を通して輸出し、多大な金額をコンゴ民主共和国の供給業者に送金している。