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2015年2月9日月曜日

有罪判決を受けた犯罪者がシリアで「自由の戦士」に:サウジ、パキスタン、イラクの囚人がアルカイダ兵団につぎ込まれている

以下はグローバルリサーチに2015年2月8日(2014年2月16日の記事を再掲載)のミシェル・チョスドフスキー教授による文章を訳したものです。

Convicted Criminals Serve as “Freedom Fighters” in Syria: Saudi, Pakistani and Iraqi Prison Inmates Replenish Al Qaeda Ranks

http://www.globalresearch.ca/convicted-criminals-serve-as-freedom-fighters-in-syria-saudi-pakistani-and-iraqi-prison-inmates-replenish-al-qaeda-ranks/5369055 (アクセス 2015年2月8日)


この文章は最初2014年2月16日に掲載された。

イラクで数百の有罪判決を受けた犯罪者らが警備の行き届いた刑務所から逃亡し、最近イラクとシリアのイスラム国(ISIS)とアルカイダ系反乱勢力のヌスラ戦線に参加した。

ニューヨークタイムス(NYT)によると、「この脱獄は武装グループ、特にイラクとシリアのイスラム国(ISIS)が熟練した戦闘員への需要を急激に増していることを反映している。そのような戦闘員が大勢ひとところに集められているところ、といえばイラクの囚人部屋だ。」(テイム・アランゴ、エリック・シュミット, イラクから逃亡した囚人がシリア反乱を激化させている、NYT, 2014年2月12日):

「米当局者は数百名の脱獄囚がイラクとシリアのイスラム国に参加し、その中の数名が上位の指導的地位に着いているとみている。」

ニューヨークタイムスで認められているように、脱獄囚はシリア反乱軍で戦うジハーディスト補充の一部をなしている。しかしここで触れられていないのは、その傭兵動員の調整がNATO、トルコ、サウジアラビア、カタールによってオバマ政権に支援されてつつ行われている、ということだ。

それだけでなく、殆どのアルカイダ系武装勢力はCIA、モサド、英国のMI6を含む西欧の情報機関に極秘で援助されていることは知られており記録もされている。

イラクでの脱獄は2012年7月にISISが立ち上げて「壁破壊作戦」と名づけた企画活動の一部である。ニューヨークタイムズで引用されたテロ対策担当官が認めたように、「集団で数十年の実戦経験を持つこれらのテロリストがなだれ込んだことがこの武装団を強め、指導者層も増した模様だ。」

それらの刑務所にいた米駐留軍と軍関係者はこの脱獄を見て見ぬふりをした。

アブーアイシャは初め米側に逮捕され、その後2008年にイラク南部にある悪名高い米監獄、ブッカ収容所から釈放された。彼は2010年にイラク側に再逮捕された。「ついにアブ・ガリブに入れられた。そこでは自分の知っているアルカイダの王子たちを含むイラク人、アラブ人そして他の国からの指導者や戦闘員たちと再会した。」と彼は述べた。「それらの殆どはブッカにもいたことがある。」
昨年の夏のある夜、アブー・アイシャが彼の独房で他の日と同じようにその日も処刑される日を待っていた。そのとき爆発と銃声が起こり、よく知っている看守が彼の独房のドアを開け、直ちに出て行けと告げた。アブー・アイシャは他の数百の者らと監獄の通路を走りぬけ、 壁に爆破によって作ってあった穴を抜けて逃げた。待っていたKIAトラックに飛び乗って自由の身となり、そして戦場に戻された。イラクとシリアのイスラム国(ISIS)のリーダーたちは彼に選択肢を与えた。ここを去って彼らとシリアで戦うかとどまってイラクで戦うかだ、とアブー・アイシャは述べた。(上記NYTから抜粋。強調は著者による)


企画調整されたプログラム:サウジアラビア


最近の脱獄は注意深く計画された米軍とイラク監獄職員の共謀を必要とする極秘作戦 の特徴を備えている。脱獄はイラクに限ったことではない。聖戦主義反乱軍に加わるための計画的脱獄はいくつかの国々で同時に起こっており、企画調整された人員動員プログラムが存在することを示している。

サウジアラビアは米政府に代わってこれらの聖戦主義者らに武器(対空ミサイルを含む)を流す中心的な役を担っており、王国の監獄からの傭兵リクルートにも積極的に関わってきた。

ただ、サウジアラビアでは脱獄は行われない。刑に服している犯罪者らはシリアでの聖戦に加わることを条件に王国の刑務所から釈放される。サウジアラビアの内務省から送られた極秘覚書は「斬首による処刑を言い渡された死刑囚らが減刑と引き換えに、シリア政府に対する聖戦を行うためにシリアに送られたことを暴露した。」

2012年4月17日の覚書によれば、サウジアラビアは「シリアで聖戦をするための訓練」と引き換えに「完全赦免と王国にとどまる家族への月給を提供」して1200もの囚人をリクルートした。

サウジアラビアの刑務所から釈放されてリクルートされたものにはイエメン、パレスチナ、サウジアラビア、スーダン、シリア、ヨルダン、ソマリア、アフガニスタン、エジプト、パキスタン、イラク、クエートからの囚人がいる。

「有罪判決を受けた犯罪者」から「自由の戦士」へ
欧米の軍事同盟はテロリスト反乱軍を支援し、資金を与えているだけではなく高性能兵器システムも供給しており、そしてまた有罪判決を受けた犯罪者のリクルートにも加担している。

問題は脱獄・釈放、傭兵リクルート、「自由戦士」の訓練、そして反乱軍への兵器の調達と配送を含む連続した段取りが組まれていることだ。

1.有罪判決を受けた犯罪者と戦闘員の刑務所からの釈放または逃亡
2.釈放・逃亡した囚人をシリア反乱軍編隊に補充
3.釈放・逃亡した囚人に適切な準軍事訓練。例:サウジとカタールでのトレーニングプログラムには 宗教教化も含まれている。
4.新たに訓練された聖戦主義反乱軍兵士を戦場に派遣する。もと囚人らはシリアに送られて反乱軍に加わる。彼らは傭兵としてアルカイダ系の軍のひとつに組み込まれる。
5.新たに訓練された傭兵を軍事装備(サウジアラビア、トルコ、カタールなど)し、武器注入に資金を出している米政府に代わって反乱軍に軍用装備品を調達し配送する

囚人の反乱軍補充は進行中のプロセスの一部

2013年夏にリビア、パキスタン、イラクで起こった脱獄 は注意深く企画調整されたプログラムに見える。NYTで報告されたものはそれ以前の脱獄プロジェクトの延長である。

2013年7月23日にアブグレイブとタジ刑務所が綿密に行われた作戦によって侵入され、500人から1000人の囚人が逃亡した。それらのほとんどはISISの編隊に補充された。

その攻撃はイラクとレバントのイスラム国のために数ヶ月の準備後に実行に移された模様だ。このグループはシリアとイラクでアルカイダ系のグループが統合されたものだ。500人から1000人の囚人がこの襲撃によって逃亡し、「その殆どが有罪判決を受けたアルカイダの上層メンバーで死刑判決を受けていたものだ、」と議会の安全と防衛委員会の上級メンバーのハキム・ザミリは述べた。日曜の夜バグダッドの郊外で自爆攻撃者らが爆発物を積んだ車で刑務所の門に侵入し、同時に武装した男たちが耐火モルタルと携行式ロケット弾で看守を攻撃した。(ロシア・トゥデイ、2013年)

7月26日土曜日リビアのベンガジにある重警備刑務所でイラクで起こったものと殆ど同じ脱獄が起こった。

刑務所内で暴動があり、火が放たれた。突然武装した男らが刑務所の上に群がり、発砲した。約1200人のリビアで最も凶悪な囚人が逃亡した。(ペレグリノ・ブリマー、オバマのシリアでの終盤戦:新しいアルカイダの「採用人員」がシリアに派遣、グローバルリサーチ、2013年9月4日、強調は著者による)

そして7月29日から30日にかけて夜中:

ロケット発射装置を持ったタリバンの武装した男たちと警察のユニフォームを着た自爆攻撃者たちがパキスタン南部の州にあるデラ・イスマイル・カーン最大の刑務所を攻撃し、300人以上の囚人が解き放たれた。携行式ロケット弾を持ち、よく統制が取れていた。彼らはタリバンの最も凶暴な人物を含む過激派の最高位の者らを解放した。彼らは拡声器を使って必要とする人物の名前を告知した。職員(ロイター)によれば、この破滅的な夜、当番の看守200人中たった70人しか職場にいなかった。このことはより高レベルでの保安と政府の関与を暗示している。(強調は著者による)


2015年1月27日火曜日

米国はISILに寝返るであろう5000人に上る戦闘員を養成している

以下はオンライン誌ニュー・イースターン・アウトルックに2015年1月16日に掲載されたトニー・カルタルッチの US is Preparing up to 5k Militants That Would Flee to ISILの訳です。

Tony Cartalucci
First appeared:
http://journal-neo.org/2015/01/16/us-is-preparing-up-to-5k-militants-that-would-flee-to-isil/

16.01.2015 (アクセス1月24日)




近頃欧米のメデイアの片隅に、3000人あまりの自由シリア軍「穏健派反政府勢力」 が「イスラム国」(ISIS)に寝返ったという報道があった。いわゆる「穏健派」が公然とアルカイダまたはISISに転向するのはこれが初めてではないが、今回のはいままであったなかでも特に規模が大きいもののひとつだ。


サウジアラビア、カタール、アメリカ、イギリス、そして中でもとりわけ皮肉なのは最近テロ攻撃のあったフランスらによってこれらの3000人に与えられてき た武器、現金、装備そして訓練が彼らと共に「イスラム国」に渡ることとなる。この裏で行われている「テロ・ローンダリング」ネットワークの規模は大きくな る一方であり、ISISとアルカイダの兵員数は膨張し続けているのだ。

こ の陰謀はピューリッツァー賞を受賞したセイモア・ハーシュの2007年の記事「方向転化:政府の新しい方針は対テロ戦争で敵を利するものか(The Redirection: Is the Afdministration's new policy benefiting our enemies in the war on terrorism?)」によって暴露されて人々の知るところとなった。この記事は米国とその地域の同盟国らがアルカイダや他の過激派を使ってイラン、シ リアそしてレバノンのヒズボッラーへの代理戦争を仕掛けようとしているというものだ。この陰謀は現在ISISという形で明らかに具現されている。ISIS に対する見せ掛けの軍事作戦で主にシリアの石油施設を標的にしているが、ISISの兵力の真の源であるNATO領域内のトルコは無傷のままで放っておかれている。さらに、大量の現金、武器そして援助物資がいわゆる「穏健派」が御旗の下に移行することによってISIS兵団になだれ込んでいる。

こ の旅団規模の離脱が起こる前に、その他のいくつかの「審査された穏健派の反乱軍」グループ、特に米国から武器を供与されたものらは公にアルカイダに忠誠を 誓っていた。最も悪名高き事件は、米国から対戦車TOWミサイルを供与されていたテログループのハラカット・ハズムがアルカイダのシリアでのフランチャイ ズで米国務省が外国テロ団体のリストに乗せているアル・ヌスラに公に忠誠を誓ったことだ。

アル・ヌスラはTOWミサイルを手中に収めシリアのイドリブ県での成功裏に終わった軍事作戦でそれを使用したとされている。

デイリービーストは2014年9月の記事「アルカイダのシリアでの策謀者が’失踪’と米スパイ述べる(Al Qaeda Plotters in Syria 'Went Dark,' U.S. Spies Say)」で以下の報告をした。

以前米国に支援を受けていたシリア反乱軍のひとつは火曜日の空爆を非難した。春に米国から対戦車兵器の積荷を受け取った反乱軍ハラカット・ハズムはその空爆 を「国家主権への攻撃」と言い、外国が主導する攻撃はアサド政権を強化するだけだと非難した。この声明はインターネット上で流布されたグループのものとさ れる文書に基づいており、シリア紛争モニターというトゥイッターアカウントにその英訳が投稿されている。ブルッキングスのドーハセンター、チャールス・ リスターなどのシリア専門家数人は、この文書が本物と信じている。

こ の正式な声明がなされる以前にハラカット・ハズムには米国のパートナーという役割と相克をきたす同盟関係をシリアで結んでいた形跡がある。9月の初旬にハ ラカット・ハズムの要員はL.A.タイムス紙のレポーターに、「シリア内では我々は世俗主義者というラベルを貼られ、ヌスラ戦線が我々に戦闘を仕掛けてく ることを恐れているとされている..しかしヌスラが我々と戦うことはない。実際、我々は彼らと共に戦っているのだ。我々はヌスラが好きだ。」と語った。 (デイリービースト紙)
  
このグループは後、欧米の新聞でアルカイダに「降伏した」と報告された。インターナショナル・ビジネスタイム紙は「シリア:アル・ヌスラ聖戦主義者らが’米国のTOW対戦車ミサイル’を穏健派反体制勢力から捕獲」という記事の中で次のように述べた。

米国がシリアの穏健派に供与した武器は、対抗するグループ間(穏健派とアルカイダと連携する聖戦主義過激派)の衝突後に後者の手に落ちたと懸念される。

アル・ヌスラ戦線のイスラム主義戦闘員は、その週末、米国が支援するシリア革命戦線(SFR)とハラカット・ハズムを完敗させて、イドリブ県のジャバル・アル・ザウィヤの広大な領土を掌握した、と活動家は述べた。


米政府はSFRとハラカット・ハズムがISIS(イスラム国)過激派にシリアの地上で対抗し、米の空爆を補足することに依存していた。(インターナショナルビジネス紙)  
                                                           
しかしハラカット・ハズムの「降伏」は明らかに、アル・ヌスラとの強まる同盟関係の単なる仕上げでしかない。

米国はまた別の旅団をISISのために準備

「穏健派」がISIS兵団に加わることが避けられない運命のように見え、米国の兵器がアルカイダの手に落ち、全旅団規模の離脱が行われているときに、世間が最 も考えられないと思うのは米国がまた別の旅団サイズの軍団に武器を与え、資金を供給し、訓練を行ってからシリア国内で野放しにすることではないだろうか。 しかし、それこそが米国が計画していることなのだ。

スターズ・アンド・ストライプ(星条旗)紙は「米国がシリアの反乱軍をトルコで訓練するという合意に達した(Agreement reached for US to train Syrian rebels in Turkey)」という記事で以下の報告をした。

当局者は、初期段階の訓練で約一年内に5000人の熟練した自由シリア軍兵士を養成すると述べた。サウジアラビアは9月に、シリアとイラクの領域を支配しているイスラム国武装勢力と戦う米国の戦略を支援するために穏健派シリア反乱軍の訓練を主催することに同意した。

米国の自由シリア軍への支援は米国がシリアでより大きな介入をすることを支持する者たちから、とぎれとぎれであることを批判されてきた。そしてここ数週間で自由シリア軍は他の反乱軍でアルカイダと連携するヌスラ戦線の兵員に侵略され基地から追放されて敗北を喫した。

ただ、この「自由シリア軍」は先ほども記したように、アル・ヌスラに侵略されて追放されたのではなく、これらのグループの多くは長期にわたって続いているアルカイダ下部組織との同盟の一部をなしており、欧米からの武器、現金、訓練ごと持っていったことで、それが単に公になっただけだ。
米国が説得力のある反証を提示することは、2007年の時点ですでにアメリカがアルカイダを代理軍隊として使用することを望んでいたと暴露され、知られていること から不可能である。ハラカット・ハズムが米国の供与した対戦車TOWミサイルをアルカイダに受け渡し、今やいわゆる「自由シリア軍」戦闘員が旅団丸ごと規 模でISISに転向する。アメリカがこの春から訓練を始める予定の新しい旅団には「大惨事」以外に何が降りかかるというのだろうか。

こ れらの戦闘員たち、そして彼らの援助物資と武器は不可避的にISISとアル・ヌスラの御旗のもとに集結されることになる。テロリズムがシリアで増大してい るのはISISが油田と人質の身代金を支配しているからではない。それは米国とそのパートナーらが意図的に何千もの訓練された戦闘員と兵器と何十億ドルも の現金と装備品その他の援助物資をその胃袋に流し込み続けているからだ。

こ れらのテロリストがヨーロッパとアメリカに浸透し始めれば、シリアでのこの巨大なテロリスト事業を意図的に作り出すことに加担した利害関係を同じくする 面々は、自国にある残り少ない文明が廃絶されることを嘆くだろう。彼らが他国で狡猾にそして意図的に文明を破壊したあとで。

2014年6月21日土曜日

ガダフィは抗議者を殺せという命令などしていない

以下はウィキスプークスのムアンマール・ガダフィのページ
GADDAFI 'DID NOT KILL PROTESTERS' の訳です。
(https://wikispooks.com/wiki/Muammar_Gaddafi#Gaddafi_.27did_not_kill_protesters.27)

ガダフィは「抗議者を殺さなかった」

2014年5月に報道されたBSニュース「ガダフィは抗議者たちを殺していない、リビアの虚偽の革命代表が認める」という見出しの記事で、ベンガジの
国民暫定評議会(NTC) 議長ムスタファ・アブドル・ジャリルが2011年に以下の点を認めたとある。


「ガダフィ大佐はリビアの虚偽の革命の引き金となった銃撃を命令していない。リビアが崩壊した現在、ジャリルはリビアのチャンネル・ワンで、国連とNATOのリビア攻撃理由となったベンガジでの抗議者殺害は、リビア人ではないスパイや傭兵グループによるものだったことを世界に認めた。彼はその時点で事実を知っていたが、リビア政府を倒し、国家を分断させるためにそれが行われたことを認めた。彼は事前にこのことが起きるという説明を受けていた。そしてリビアの人々は死んだ抗議者らの身元を確認することができなかった。なぜなら彼らは民間人の服を着ており、リビア人の親族も友人もいなかったので葬儀にはだれも来なかったからだ。」

私たちが2011年の2月から主張しているように、いわゆるリビア革命は敵[第三者]になりすまして行われる軍事作戦であった。リビアの人々の大多数は幸福で「安全」であったのだ。イスラム教原理主義団体はリビアでは違法であった。いまやリビアはイスラム教原理主義者団体によって支配されている (アル・カイダ、リビア・イスラム闘争グループ、ムスリム同胞団、アンサル・アル・シャリア その他)。国は崩壊し、安全保障は存在せず、数千人が違法に刑務所に入れられ、数百人が拷問によって死亡した。政府はなく、石油の販売もなく、2百万人が亡命している。精神病質者が国家をのっとっていて国境も政府もない「グレー国家」とみなされるに至った。

というわけで、バラク・オバマ、CIA, デイビッド・キャメロン、NATOそして国連の皆様方、
リビアの無辜の市民を守ってくれなくて感謝の言葉もございません。

2013年12月26日木曜日

パンナム103便爆破事件(ロッカビー事件)25周年追悼式

1988年12月21日にヒースロー空港を離陸してニューヨークに向かうパンナム103便がスコットランド地方のロッカビー上空で爆破し乗員乗客全員259名とロッカビー住人11名が死亡したこの事件からすでに25年が過ぎた。先週土曜日12月21日には追悼式典がロッカビー、アメリカのワシントンDC近辺のアーリントン国立墓地そしてロンドンのウェストミンスター寺院で行われた。

被害者の多くはクリスマス前に帰郷するアメリカ人であった。アメリカ側の被害者遺族の多くがスコットランド法に基づく特別法廷で2001年に有罪判決を受けたリビアのアブデルバセット・アル・メグラヒの犯行という公式の見解を受け入れているのに対してイギリス側の被害者遺族のなかにはこれに異を唱えるものがいる。その代表は娘のフローラ(当時23歳)を喪った医師のジム・スワイア氏である。

ウェストミンスター寺院で追悼の辞を述べたスワイア氏はこの悲劇の真相は未だに明らかにされておらず、アメリカとイギリス政府がこの事件について持っている情報の全てを公開することを要求している。有罪判決を受けたメグラヒは終身刑を言い渡され、2009年に末期の前立腺がんを患っていることから人道的措置として釈放され、リビアで昨年5月に亡くなった。このリビアへの身柄引き渡しはメグラヒが控訴を取り下げたことによって可能になった。メグラヒと面談したこともあるスワイア氏は彼の無実を確信しており、彼が亡くなった時点では友人と呼べる存在であったと述べた。

スワイア氏はイギリス政府による公式調査を要求し続けているが25年たってもこの要求が通らないようならば欧州裁判所に自国政府が人権法の規定する義務を怠ったとして訴えることも考慮していると語った。また、メグラヒの家族とスワイア氏を初めとするロッカビー活動家は、メグラヒ有罪判決に対する死後控訴の可能性も探っており、2014年にスコットランド刑事事件再審委員会(SCCRC)に控訴申請をする予定である。

もしこれが許可されればメグラヒにとって3度目の控訴審となる。2001年の判決ではフランクフルトからロンドンへ向かう(パンナム103便への)フィーダー便にメグラヒがマルタでスーツケースの中の爆発物を積み込んだとされているが、スワイア氏らはこれはヒースロー空港で積荷されたものだと主張している。

(スコッツマン紙 2013年12月18日より)
http://www.scotsman.com/news/scotland/top-stories/lockerbie-campaigners-to-launch-new-megrahi-appeal-1-3236964



2013年12月22日日曜日

追悼 元国際ルワンダ戦犯法廷調査官マイケル・ホーリガン氏逝く

南オーストラリア州アデレードの弁護士マイケル・ホーリガン氏が12月の初めに脳溢血によって55歳の若さで亡くなった。ホーリガン氏はルワンダでの戦争犯罪、イラクのアブグレイブ刑務所での虐待事件そしてルーマニアでの児童奴隷について調査を行うなど国際人権活動家として優れた業績を持つ。そのなかでも特筆すべきは、ルワンダ虐殺の引き金となったといわれる94年4月6日のロケットミサイルによる大統領搭乗機の撃墜に関する捜査であろう。

アデレードで警察刑事、そして公訴局長官(検察局)検察官の職を経て1996年に国際ルワンダ戦犯法廷(ICTR)調査員に就任。ルワンダに到着後20人のメンバーを持つ「国内チーム」のリーダーとなった。この法廷の調査対象期間は1994年の1月1日から12月31日であり、当時の検察長官リチャード・ゴールドストーンらの指示でチームの捜査は以下の点に焦点を置くとされた。
1.セオネステ・バゴソラ大佐の犯罪行為
2.アナトール・ンセンギユムヴァ大佐の犯罪行為
3.虐殺初期に大統領府が行った数千人に及ぶルワンダ人エリートの殺害
4.1994年4月6日の飛行機撃墜で大統領ハビヤリマナその他搭乗者が死亡した事件

1997年初旬にナショナルチームは3人の情報提供者(元または現ルワンダ愛国戦線のメンバー)が直接ハビヤリマナ大統領の乗る飛行機のロケット弾による攻撃に関与したという証言を得た。彼らの証拠はカガメ大統領とその政権・軍の人員が直接この件に関与したことを明示していた。これらの情報提供者はまた、カガメ政権が国外に住むの著名なルワンダ人を暗殺する極秘作戦を行っているとも述べた。そのような暗殺標的となった例として元内政大臣のセス・セダションガの名が挙げられた。

 
   
このような機密情報を得たホーリガンは直ちに指揮官のジム・リヨンに報告すると同時にヘイグにいるルイーズ・アルブール検察長官に米大使館の(盗聴防止コード化)電話を使って詳しく報告した。(アルブール判事はゴールドストーン判事の後任として96年9月に検察長官に就任。ヘイグの旧ユーゴスラビア戦犯法廷の検察長官も兼ねていた。)アルブール判事は大統領飛行機撃墜捜査に大きな展開があったことを喜んでいるようであった。

その翌週ホーリガンはヘイグに飛んでアルブール判事と直接会談し、国内チーム調査覚書としてその機密情報を提出した。アルブール判事は電話で話したときとは違って情報源とその信憑性について疑問を呈した後、国内チームが大統領撃墜捜査を打ち切ることを命じた。チームの任務は虐殺について捜査することであり、それは飛行機墜落の「後に」始まったので墜落事件はチームの任務外だ、というのがその理由だった。

この発言にショックを受けたホーリガンは法廷の対象期間が94年のすべてをカバーすることや、法廷規約に「テロリズム」と「殺人」に関する条項があること、そしてなによりも、以前彼がアルブール判事にチームの捜査状況を説明したときにいちども飛行機撃墜が任務外であると言われなかったことを訴えた。

アルブール判事は、(国内チームに)飛行機撃墜の捜査を終わらせる指示をする彼女の権威に異議があるのかときつい調子で尋ねた。ホーリガンは彼女の権威に疑問があるのではなく判断に疑問をもったのだと言い、彼は判事に仕える身であってその指示に従うと述べた。

キガリに戻って少ししてからホーリガンは国際ルアンダ戦犯法廷の仕事を辞任した。国内チームはそれによって解散し、飛行機撃墜の捜査は打ち切りとなった。

ホーリガンは、国連の幹部または外部の誰かがアルブール検察長官に圧力をかけて大統領機撃墜の捜査を終わらせたのではないか、と2006年の宣誓口述書で述べている。
http://www.theage.com.au/articles/2007/02/09/1170524298439.html


彼の死はジャーナリストのアン・ギャリソンとロビン・フィルポットが追悼文を出した以外オーストラリアのタブロイド紙が二週間後に死亡記事を載たくらいで殆どメデイアで取り上げられていない。http://www.anngarrison.com/audio/2013/12/09/477/Legacies-Michael-Hourigan-and-the-ICTR






 

2012年12月29日土曜日

国連専門家グループ 2012年コンゴ最終レポート

今年11月15日にコンゴ民主共和国に関する専門家グループの最終報告書が提出されました。以下はその要旨(Executive Summary) を訳したものです。

http://www.un.org/sc/committees/1533/egroup.shtml

要旨

コンゴ民主共和国の東部では複数の国内外武装勢力による惨禍が続いている。

2012年前期に人民防衛国民会議(CNDP)の元メンバーらが反乱を起こし、その後3月23日運動(M23)を結成して以来この地域はさらに不安定化している。

反乱軍は2012年7月に外国からの広範な支援を受けて支配をルシュル地区にまで拡大した。そして非公式の停戦を利用して各地での同盟と司令代理作戦を拡大した。

ルワンダ政府は武器禁輸を破ってM23反乱軍に対する新兵徴募やコンゴ民主共和国軍からの脱走を奨励推進、また武器弾薬、諜報、政治的助言を与えるなど直接軍事援助を行い続けている。

M23の事実上の指揮系統はボスコ・ンタガンダ大佐を含み、ルワンダ国防大臣ジェームス・カバレベ大佐に至る。

中間報告書の補遺(S/2012/348/Add.1)公表に伴い当(国連専門家)グループはルワンダ政府と会見し、その文書による返答を考慮に入れたが、先の調査結果の変更を必要とするような実質的な要素はなかった。

ウガンダ政府高官もまたM23にコンゴ国境内での直接的な軍の増援、兵器の搬送、技術援助、共同計画、政治的助言、対外交渉の斡旋といった援助を与えている。

ウガンダ人民防衛軍とルアンダ国防軍は合同でM23が2012年7月にルシュル地区の主要な町とルマンガボのコンゴ軍基地を数回にわたって攻撃する援助をした。

両政府はまた協力してM23の政治部の設立と展開を支援し、一貫して反乱軍を擁護している。

M23とその同盟者には制裁対象となっている者が6人がおり、そのうちの数人はルワンダがウガンダに住んでいるか定期的にそれらの国を訪れている。

M23は正式な前線における戦闘の一時停止を利用してキヴ(3州)、イトリ地域、西カサイ州の各地で他の武装集団との同盟関係構築を進めた。スルタニ・マケンガ将軍はM23と同盟関係を結んだ武装集団との取りまとめ役として頭角を現した。

彼は8月と9月にライア・ムトンボキが民族的動機に基づく残虐な攻撃を仕掛けるよう命令した。マシシ地域のコンゴ・フツ人社会はその民兵がM23側につくことを拒否し、ライア・ムトンボキによって800の家が焼かれ市民数百人が殺された。

武装集団とりわけM23による少年兵の動員と徴兵が増えた。過去に子供を動員したことのある数人のM23司令官が数百人の少年少女の入隊と訓練を監督していた。その上M23の司令官の何人かは新兵と戦争捕虜の超法規的処刑をも命じている。

イトゥリのヘマとレンドゥ系武装集団と南キヴのバニヤムレンゲ団体と共同戦線を張ろうというM23の数々の試みは大きな抵抗にあった。コンゴ民主共和国政府はそのようなM23の同盟拡張の試みに対抗するべく主にイトゥリとマシシ地域の武装集団の統合過程を推し進めた。

ルワンダ開放民主軍(FDLR)は以前よりも人員が減り、市民に対する人権侵害を続けているが外部の支援からはさらに隔離されており、コンゴ軍とM23の同盟軍からの攻撃を受けて自衛に集中している。

FDLR の下級士官らはM23に対峙するコンゴ民主共和国政府側につくことを求め、コンゴ軍内の犯罪ネットワークも同時に少量の弾薬をその反逆者たちに売り続けている。しかしFDLRと政府が戦略上の協力をしているという証拠はない。

ブルンジの反政府グループのなかでは解放のための国民軍(FNL)が分裂状態のままであり地元のコンゴ武装集団に依存しているのに対しブルンジ革命国民戦線はムルンディ人民戦線へと変化して南キヴのM23と同盟を結んだ。

ウガンダ主導の民主軍連合は軍事力を増し、東アフリカのアル・シャバーブネットワークと連携している。

コンゴ軍は資源の支配と武装集団からの象牙密売を含む禁制品によって高官の収益を上げる犯罪ネットワークに蝕まれ続けている。

 地上部隊の司令官ガブリエル・アミシ大将は狩猟用銃弾を密猟者と武装集団に分配するネットワークを監督しており、ライア・ムトンボキもそのような武装集団のひとつである。武装解除と備蓄品管理はM23に関連した需要の増大によって効果が損なわれている。小型武器の市場価格が4倍に跳ね上がったからである。

コンゴ民主共和国政府は国連と経済協力開発機構のガイドラインに沿って鉱物輸出業者が適正調査を行う義務を負っているが、2011年にタグ付けが導入された北カタンガをのぞくコンゴ東部からのすべての錫、タンタル、タングステン輸出については、この履行がほとんど中止状態にある。ブルンディとルワンダ両国への密輸出が増加している。

ルワンダでの鉱物タグシステムはコンゴの鉱物が「洗浄」されるために、その信頼性は完全に損なわれてしまった。鉱業協同組合が恒常的にタグを売っているからである。貿易業者のいくつかはコンゴの鉱物のルワンダ密輸による利益を用いてM23の資金調達に貢献している。

キヴ(3州)での錫鉱石産出量は減少したのに対しタンタルとタングステン鉱石産出量は国際的な追跡可能性要求に対して抵抗力を見せてきた。これらの鉱物はより簡単に密輸出ができるからである。ルワンダのタンタルとタングステン輸出は2012年度にこれと対応する増加を見せ、錫の輸出は減少した。

全体的な価格と産出量の減少は採掘地帯の幾つかに社会経済的な悪化をもたらした。しかし鉱業地域の人々が他の経済分野に対応したことで新たな商業の機会が生み出された。主要な錫とタンタル採掘地域のほとんどで治安が改善され、それが紛争資金調達の減少と文民機関や非政府団体による管理と監視の強化につながった。
 
武装集団、コンゴ軍内の犯罪ネッワークと鉱物採掘者は適正調査義務が取引に影響しない状況下では簡単に金鉱に移行することができる。

コンゴ民主共和国東部で採掘された金は殆ど全てが国外に密輸され、カンパラとブジュンブラの大手貿易業者の数々が一年に数トン米数億ドル相当を船で出荷している。

コンゴの金のほとんどはアラブ首長国連合で精錬されて宝石商に売られる。安全保障理事会が課した資産凍結は制裁を受けたマチャンガ社の元経営者の運営を制限するものではない。この人物は他のトンネル会社数社を通して輸出し、多大な金額をコンゴ民主共和国の供給業者に送金している。

 

2012年3月31日土曜日

KONY2012はプロパガンダキャンペーン

KONY2012は一連の「戦争と派兵を売るための情報操作」の一つであり、ソーシャルメディアをたくみに使ったという以外は特に目新しいものではない。草の根のNGOを装い、正義感は強いがナイーブでアフリカをチャリテイーやアメリカが「救う」対象として見るような若者達を動員することに成功した。しかしこれは米軍をウガンダに送ることを「KONYを捕まえて国際刑事裁判所に引き渡す」という表向きの理由によって正当化しようというものだ。KONYが現在ウガンダにいないことなどは問題ではないのだろう。

ジャーナリストのキース・ハーモン・スノウによれば、KONY2012キャンペーンを行っているインビジブル・チルドレンという団体だけでなく、ENOUGH、STAND、RESOLVE、RAISE HOPE FOR CONGOといった非営利団体はすべてセンターフォーアメリカンプログレスというワシントンにあるシンクタンクから援助を受けるなどの関係を持っており、このシンクタンクは米諜報機関と深いつながりがある。ENOUGHは俳優ジョージ・クルーニーが関わっていることで有名な団体だが、その設立者ジョン・プレンダーガストも以前諜報機関に属していた人物だとハーモン・スノウは述べている。

米国の援助を受けていたアンゴラの反政府軍リーダー、ジョナス・サビンビが米国がMPLA政府側援助に乗り換えた直後にあっさりと殺害されたように、米国諜報機関がKONYを見つけて殺害しようと思えば数日を要さないであろう。それをしないのは彼のような「極悪非道」な人物が米軍派遣やウガンダ政府への軍事援助の理由として必要だからだ、というのがハーモン・スノウの見方だ。

興味のある方はインタビューをご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=vO9HL99itSU